迷子の大人たち
登場人物
間宮雄助・・・三十代の男性。
金田京平・・・三十代の男性。間宮の同僚。
クマ
ウサギ
フクロウ
サル
キジ
サル夫
サル子
サル太郎
サル次郎
サル三郎
長老
滝の神
村人
1
舞台は、夜の森の中。
舞台の上にいるのは二人の男、間宮雄助と金田京平だ。
間宮はぐっすりと眠っている。金田はあちこちと歩き回っている。
金田、間宮の肩を軽くたたいて起こす。
間宮「見つかったか?」
金田「いいや。見つからなかった。」
間宮「そりゃそうだろうな。何しろもう夜なんだから。」
金田「なあ、どうしよ間宮。」
間宮「どうしようもこうしようもねえよ。とりあえず寝るしかないだろ。」
金田「こんな所でぐっすり眠れる奴はいいよな。俺なんか怖くて、眠れやしない。」
間宮「俺だって恐怖心ぐらい持ってら。でも眠くて仕方ないんだよ。」
金田「なあ間宮。頼むよ。もう少し起きていようよ」
間宮「駄目。もう体力の限界。」
金田「間宮あ。」
間宮、バタンと倒れて眠りにふける。
金田、カバンからライターを取り出し、たき火をたく。
間。
金田「なあ、間宮。寝ながらでいいから聞いていてほしい。俺たちさ、こうして森の
中へ入って、一緒に死ぬ覚悟で、というか死ぬつもりでいたよな。けど、やっぱり、死ぬのって怖いもんだな。ただ辺りが真っ暗になるだけじゃなくて、体も失うってことだもんだからさ。だからこうして今戻ろうとあがいてんだけどさ。間宮。俺今その事に気づけて、本当によかったと思ってるよ。(カバンの中からコンパスと地図を取り出す)必ず、生きて帰ろうな。」
金田、地図をじーっと眺め、やがて眠りに入っていく。
間。
茂る木々の音。
間宮「うわあ!」
金田、ビクンとして起き上がる。
金田「どうしたんだよ、間宮。急に声を上げたりして。」
間宮「ああ・・・夢でよかった。今、俺たちがライオンに食われる夢を見たんだ。」
金田「ライオンに食われる夢?」
間宮「そう。おっかなかったよ・・・」
金田「夢というのはやっぱ不条理なものだな。よりによって何でライオン?」
間宮「分からない。そういう夢だったんだもん。」
金田「はあ。それじゃあ、俺たちアフリカへ急に飛んで行ったっていう設定か。」
間宮「そういう事になりそうだな。」
金田「(薄ら笑いを浮かべて)夢ってのは、やっぱ面白いものだな。」
間宮「まあな。今回のはちょっと怖かったけど。」
間。
間宮「なあ、金田。」
金田「何。」
間宮「少し、話でもしないか?」
金田「何の?」
間宮「人生についての話。いいかな。」
金田「いいけど。急にどうした?」
間宮「眠れなくなってさ」
金田「ああ、なるほどね。」
間宮「なあ、金田。俺は、やっぱり戻るのが怖くて仕方ないんだ。」
金田「何で?」
間宮「だって、怖いから」
金田「質問の答えになってないよ」
間宮「違う、そういう意味じゃない」
金田「じゃあどういう意味?」
間宮「周りの目が気になって、仕方がないんだ。」
金田「周りの目が?」
間宮「だって、俺たち仕事サボってるから」
金田「サボってないよ。ちゃんと有給休暇で取ってんだから」
間宮「そりゃそうだけど・・・。」
金田「まあ、でも確かに、もともと死ぬつもりでここに来たんだから、急に生きて帰ろうとしても、なんか実感ないよな。」
間宮「実感というか。」
金田「実感はちょっと違うか。」
間宮「うん。なんか、心の準備みたいなやつだね」
金田「(笑い出す)」
間宮「何で笑うのさ。」
金田「だっておかしいから。」
間宮「何が。」
金田「『心の準備』って。結婚間際の女性が言いそうな言葉じゃない」
間宮「まあ、そりゃそうだけど。」
金田「なんか女々しいよな」
間宮「え?」
金田「なんか女々しいよな」
間宮「・・・え?」
金田「なんか、女々しいよな。」
間宮「え、あ、ああ・・・。」
間。
ため息をつく間宮。
間宮「はあ。これからどうしよう、俺の人生。」
金田「そんなの、まだこれからの話じゃないか。」
間宮「分かってる。分かってるけど。」
金田「一体、何に悩んでるの?」
間宮「え?」
金田「ナニに悩んでるの?」
間宮「いや、悩んでるっていうか、心配事かな。」
金田「あ、そう。じゃあ、一体何を心配してるの?」
間宮「それは・・・」
金田「うん。」
間宮「やっぱり、未来の事だよ。」
金田「未来なんて誰でも心配だよ。」
間宮「まあ、そりゃそうか。」
金田「そうだよ。景気が悪いしね、今の世の中。」
間宮「うん。」
金田「未来なんて、みんな不安だよ。」
間宮「まあ、ね。」
少しの間。
間宮「なんか、恥ずかしいな。」
金田「何が?」
間宮「今俺たちが、こうして森の中にいる事。」
金田「ああ。」
間宮「どうして俺たち、こうして森の中で迷う事になったんだろうね。」
金田「さあ。力がないからじゃない?」
間宮「力?」
金田「そう。その、何といえばいいかな、その。」
間宮「生きる力か。」
金田「まあ、そうだね。」
間宮「唐突な話になるけど、生きる力ってどうやって養われるんだろうな」
金田「え?」
間宮「ほら。社会人って結構大変じゃんか。生き抜くのに。」
金田「ああ・・・。」
間宮「どうやったら養われていくもんなのかな。やっぱ慣れかな。」
金田「いやあ。慣れっていうか。」
間宮「違う?」
金田「うん。違うと思う。」
間宮「そうか。じゃあ、金田からしたら、生きる力ってどうやって培われると思う?」
金田「それは、まずは忍耐なんじゃないかな。」
間宮「忍耐か。」
金田「まずは、ストレスに勝つこと。次に、自分自身に勝つことだね。」
間宮「なるほど。」
金田「ま、俺なんか、現状ではその両方に負けてんだけどね。」
間宮「それはお互い様だよ」
金田「それもそうか。」
間宮「なんか、『勝つ』とか『負ける』とか言うと、アレを思い出しちゃうよ。」
金田「アレって?」
間宮「ほら。アレだよ。『人生の勝ち組・負け組』って奴」
金田「ああ、アレか。」
間宮「アレってさ、何か気に入らないんだよね。」
金田「分かる分かる」
間宮「大体、人生に勝ちも負けもあったもんじゃないよな。」
金田「そうそう。ただし、人生には価値はあるんだがな。」
間宮「うまいこと言うね」
金田「いやあ、どうも。」
少しの間。
金田「どうだい。少しは帰る勇気がわいたかい?」
間宮「いや。まだ駄目だ。」
金田「そうか。」
間宮「お前はよく立ち直ったな。」
金田「立ち直ったというか。死ぬのが怖くなっただけだよ。」
間宮「ああ、なるほどね。」
金田「お前は怖くないの?死ぬの。」
間宮「そういう訳じゃないけどさ。」
間宮、舞台の向こうを見てゾッとする。
金田「どうした、間宮。」
間宮「熊が。熊がそこにいる。」
金田「え・・・?」
金田、間宮と同じ方を見る。
金田「ホントだ。熊だ。」
間宮「こっちを見つめてる。」
金田「うん。見つめてるね。」
間宮「じっと見つめてる。」
金田「うん。見つめてるね・・・。」
間宮、金田、互いに顔を見合わせる。
間宮・金田「きゃああああああああ~!」
間宮「どうしよう、金田!」
金田「どうしようったって、もうこんなに近いんだから逃げなられないよ!」
間宮「そんな」
金田「死にたくねえよ!死にたくねえよう!」
間宮「あ!どんどんまたこっちに近づいて来る!」
金田「そうだ!たき火に隠れよう。野生の動物は火を怖がるから」
間宮「ああ、そうなんだね?」
金田「多分。」
間宮「多分じゃ困るんだよ!」
金田「物は試しだ。さあ、たき火の方へ行こう!」
金田、たき火の方へ急いで近寄っていく。
間宮「ああ、待ってよ!」
間宮も、金田の方へ駆け寄っていく。
金田「ほら。見ろ、熊が火を怖がってるぞ」
間宮「ホントだ。やっぱ見慣れてないのかな」
金田「きっとそうに違いないな」
間宮「ああ!でもまたこっちに近づいてくる!」
金田「え!?何で??」
間宮「分からねえ、きっと目が慣れたんじゃないの!?」
金田「いあやだあ!俺死にたくないよ!」
間宮「俺だってそうだよ!」
金田、間宮をぎゅっと抱きしめてうわあっと泣き出す。
間宮も大声で泣きだす。
クマ、ゆっくりと登場。
(基本的にクマの口調はゆっくりでお願いしたい。なお、セリフによっては柔軟に早
口にしたり普通のスピードに戻したりしても構わない。)
クマ「何やってるの?」
間宮と金田、泣くのをやめる。
間宮「・・・え?」
クマ「何やってるの?」
金田「・・・なあ、金田。今の聴こえたか?」
金田「ああ、聴こえた。しゃべったな。」
間宮「ああ。ちゃんと日本語で。」
間。
間宮と金田、再び大声で泣きだす。
クマ「うるさあ~い!」
クマ、金田と間宮の方へ「ガオー!」と言いながら駆け寄って来る。
逃げ惑う間宮と金田。
クマ「何をやってるかって聞いてんだよ!」
金田「え?」
クマ「何をやってるかって聞いてるんだよ。」
金田「え、何をやってるかって?」
クマ「早く答えろ。さもないと食い殺すぞ!」
金田・間宮「ぎゃあああ~!」
間宮「助けてください、助けてください!」
金田「俺たち、今迷子になってたんです!」
クマ「迷子だと?」
金田「そうです、迷子になって困り果ててたんですよ」
クマ「本当か?」
金田「え?」
クマ「お前たちが言っていることは本当かって聞いてんだよ!」
金田「(悲鳴を上げながら)本当です、本当ですとも!」
クマ「私たちを殺しに来たわけじゃないんだな」
金田「はい、そうです」
間宮「神に誓って、俺たちはあなた方を狩るつもりはありません!」
クマ「本当なんだな」
間宮「はい、本当です!」
金田「信じてください!」
クマ、ガルルルルとうめきながら金田と間宮のにおいをクンクン嗅ぎ出す。
硬直する間宮と金田。
クマ「・・・どうやら嘘ではないらしいな。よかろう。お前たちはどうやら訳ありの人間たちのようだ。私の後について来なさい。」
金田「え?どこへ行くんですか?」
クマ「動物の森だ。」
間宮「動物の森?」
クマ「そうだ。我らがひっそりと暮らしている、神秘の森だ。ついて行かないのか?」
間宮「い、い~えいえいえいえ、ついて行きます。ついて行きますとも!」
金田「間宮」
間宮「ここで食い殺されるよりはマシだろ?」
金田「それもそうだな。」
クマ「では、ついて来るがよい。いざ、わが動物の森へ!」
クマ、退場。
金田「それにしても、イヤな展開になったもんだな。」
間宮「ホントにな。」
金田「俺たち、これからどうなるんだろう」
間宮「分からねえよ。」
間宮、金田、退場。
2
舞台は、動物の森。
小鳥の鳴く声。
舞台中央には、クマ、間宮、金田がいる。
間宮と金田は、気まずい顔つきでたたずんでいる。
クマ「皆、よく聞いてくれ。この人間たちは敵ではない。訳があってこの森にさまよった哀れな者たちだ。動物たちよ、彼らを許したまえ。彼らを許したまえ!」
動物たち、ぞろぞろと現れる。
間宮「(ぼそっと)まさか、俺たちがこんな大勢の動物たちに囲まれることになるなんて。」
金田「(苦笑いして)ハハッ。ジョークにもならないよ。」
クマ「誰か、彼らへの処置について考えがある者はいないか?名乗りをあげよ!」
ウサギ、どこからか舞台中央へ登場。
ウサギ「この人たちを、もとの人間の世界へ戻すべきだわ。そもそも、彼らが何故この森にまで足を運んだかは分からない。けど、彼らだって健全な人間。もとの世界へ生かして戻すべきだわ。」
クマ「なるほど。それは一理ある。他にはいないか?」
フクロウ、どこからともなく舞台中央へ登場。
フクロウ「いやいや、この人間たちは生きる希望を失った者たちだ。いっその事、ここで殺すのがいいかと思われます。」
ざわざわと騒ぎだす動物たち。
ウサギ「ひどいわ、あんまりだわフクロウさん。この人たちを、私たちの手で殺すとおっしゃるなんて。」
フクロウ「しかしですなウサギさん、こんなに深い森に来るのはあまりに珍しい事。普通の人間だったら決して足を踏み入れない領域なのですぞ。」
ウサギ「それはそうだけど。」
フクロウ「それに見てみなさい、この者たちの目を。まるで死んだような目つきをしているじゃないか。これでは生かすのも酷な話だと思わないか?」
ウサギ「人は見た目によらないものよ」
フクロウ「分かってないな、ウサギさん。そんなんだからあなた達はすぐに食べられてしまうのですよ」
ウサギ「何ですって!」
クマ「静粛に、静粛に!じゃあここまでの話を少しまとめてみよう。ウサギさんの意見は、要は生かして逃がすべきだという意見だった。そうだね?それに対しフクロウさんは、つまりいっそ殺した方が彼らの幸せになるのではないかという事で、いいいんだね?」
フクロウ「ええ、まあ。」
ウサギ「そういう事になりそうね。」
クマ「じゃあ、私たち動物がこれ以上あれやこれや口出ししてもラチが明かないから、それらの意見に対して、この二人の人間たちの意見を聞こうではないか。」
ウサギ「ええ、わかったわ。」
フクロウ「そうしましょうか。」
クマ「では人間のお二人さん。前へ。」
間宮と金田、おそるおそる前へ出る。
クマ「あなた方の意見を伺いたい。一体どう思われる、それらの意見に対して。では、あなたから。」
間宮「(指名されて戸惑うが、)えっと。俺たちは、というか俺は、結構複雑な気持ちでおります。いやもちろん、生きてはいたい。生き延びることが出来るのなら、それに越したことはないです。けど、自分の現状をもっと楽にしたいというのが、俺の正直な心情です。あくまで俺の場合ですが、俺は、何か、向こうのもとの世界へ戻りたくない。だって、向こうの世界はあなた方が想像するよりもはるかに厳しく、辛いものだからです。率直に申します。俺を、もっと楽にさせてください。以上です。」
間宮、一歩後ろへ下がる。
クマ「よくわかった。では、もう一方の方、どうぞ前へ。」
金田、一歩前へ出る。
金田「・・・僕の場合も、確かに複雑な気持ちでいます。もちろん、生きてはいたいです。あなた方に食べられたくはない。最初は、僕はただ元の世界に戻ればいいと思ってました。だけど、今のこいつの話を聞いて、考えが変わりました。今は、ただ向こうの世界に戻ればいいという問題ではなくなっていることは確かです。まあこれでも、一度は死ぬつもりでここに来たんだからね。でもとにかく、今は、生きてはいたい。けどもう少しより善くなって帰っていきたい。そう思います。以上です。」
金田、一歩後ろへ下がる。
クマ「では、ここで話をまとめよう。一人の人間さんは、生きてはいたいが楽になりたい。もう一方の人間さんは、生きたいがよりよくなってからもとの世界に帰りたいと。いずれも二人の共通するところは、『生きてはいたい』という事なのは確かだろう。つまり、さっきの意見とも合わせて総合的に見れば、我々はウサギさんの意見を採用するべきだという事になる。私の意見と同じ者は、盛大な拍手を。」
動物たち、盛大に拍手をする。
クマ「では、皆の同意により、この二人はとりあえず生かしておく事にしよう。問題はここからだ。なぜ二人はもとの世界に戻ろうとしないのか。」
金田「それは、その・・・」
クマ「話をされよ、人間さん。なぜあなた達は、もとの人間世界へ戻ろうとしないのか。」
金田「・・・生きづらいからです。とても、生きづらい世界だからです。」
クマ「生きづらい?」
金田「そうです。」
クマ「そんなに生きづらいのか、人間の世界というのは。」
金田「はい。すごく窮屈な世界なんです。」
ウサギ「でも、あなた方は皆が皆狩りをしているわけじゃないんでしょ?」
金田「はい。」
ウサギ「命も狙われているわけでもないんでしょ?」
間宮「そりゃ、まあ。」
ウサギ「だったら楽な方じゃない。私なんか、いつも色んな動物に命を狙われながら生きてるんだから。」
キジ「それはお前さんの勝手なお思い込みだ。人間たちだって大変なんだよ、ウサギさん」
ウサギ「あらキジさん。そんなあなたは人間の事をどれくらいお分かりで?」
キジ「俺は、竹藪をあちこち移動しながら見てきたからよく知ってら。」
ウサギ「どれだけ?」
キジ「・・・まず、人間たちは乗り物をよく使う。『クルマ』って言ったかな。それと、人間たちは畑で食い物を育てて生活している。」
ウサギ「あら、いやあね。あなたの知ってる人間というのはその程度のものなのかしら」
キジ「何が言いたいんだよ、ウサギさん。」
ウサギ「私知ってるのよ。人間たちには『オカネ』といって、食べ物と交換できる代物を使ってるのよ。『オカネ』がたくさんある人は、畑仕事をしなくてもいいし、狩りにも行かなくていいの。だから人間たちは、自分たちが楽に生きていけるようにたくさんお金を稼いで、いろんなおいしい食べ物を独り占めしてるのよ。」
キジ「へえ、そうなんだな」
フクロウ「本当なのかい、人間さん。」
間宮「ええ、まあそうですね。」
ウサギ「ほら。よく知ってるでしょ、私。」
キジ「君のは、どこから聞いた情報なんだい?」
ウサギ「なに、そこらへんの山登りに行く人達の話を盗み聞きした程度の事よ。」
キジ「大したもんだよ。」
ウサギ「それほどでもないわ。」
サル「でも、人間という生き物だって大変なんじゃないかな。まあ、僕たちほどじゃないにしても。」
フクロウ「そりゃあ、そうですな。」
サル「あの、人間のお二人さん。もう少し、詳しく僕たちに教えてくれないかな。具体的に何が辛いのかを。」
間宮「え?」
サル「出来るものなら、僕たち力になるから。なあ、皆。」
クマ「そうだとも、そうだとも。ぜひ話を聞かせてほしい。」
間宮「・・・あまり、思い出したくない。」
クマ「え?」
間宮「あまり思い出したくないんです、そういう事は。口にするだけで、何かその時の光景がぶわあっと広がってきて。とてもイヤなんです。」
金田「俺もそうです。あまり話したくはない。話したところで、それが解決につながる訳じゃないので。」
クマ「・・・人間さん。」
間宮「分かってます。そう言うと皆さんが困るのは重々分かってるんです。けど、俺はどうしても思い出したくないんです。どうか分かってください。」
クマ「・・・分かった。すまなかったな。」
間宮「いえ。」
クマ「皆。この哀れな人間たちのために、何か出来る事をしよう。出来る限りの事をしようではないか。」
動物たち「はい。」
ウサギ「それでは人間さん。まずは私たちが日ごろ歌っている歌を聞いてはもらえませんか?私たちは、普段必ずどこかで歌を歌ってるんです。」
金田「ええ、まあそりゃあ、いいですよ。聞きますよ。」
間宮「ぜひ聞かせてください。」
ウサギ「かしこまりました。では、みんな位置について。」
動物たち「はい!」
動物たち、整然と列を作り始め、歌を歌いだす。
♪
緑あふれた大自然 こんにちは
僕たち俺たち私たち 幸せだよ
時に食いあったり 喧嘩したりもするけれど
それは愛嬌いつもの事 気にしない
緑あふれた木々や大地 元気ですか?
僕たち俺たち私たち 元気です
時に病で倒れたり 死に別れもあるけれど
それは運命当然の事 気にしない
ああ大自然よ いつまでもどこまでも
自然なままでいて
ああ大自然よ いつまでもどこまでも
自然なままでいて
♪
金田、間宮、拍手をする。
ウサギ「ありがとうございます。ありがとうございます!」
金田「いやあ、とてもいい歌だったよ」
間宮「ホントホント。いい歌だったな」
ウサギ「どうもありがとうございます。」
サル「それでは人間のお二人様には、この僕が、もっと素敵な世界をお見せいたしましょう。」
金田「え?またどこかへ連れて行ってくれるの?」
サル「そうです。あなた方の生きる価値観がガラリと変わるぐらいの、素敵な所ですよ。」
金田「へえ~。なあ間宮。どうする?」
間宮「そうだな。せっかくだから行ってみようか。」
金田「ああ、そうしようそうしよう」
サル「それでは、今から素敵な世界へご案内~!」
一同、退場。
3
舞台は、黄鉄鉱山。
サル、間宮、金田登場。
サルたち、あちこちと忙しそうに走り回っている。
間宮「うわあ。きれいだなあ。」
金田「何だろう、あの金色のサイコロみたいなのは。」
サル「あれは黄鉄鉱といって、この辺ではめったに見られないお宝でございます。」
間宮「うわあ。ほしいなあ~。」
金田「ねえねえおサルさん。もちろん、その黄鉄鉱を俺たちにもらっちゃ、」
サル「駄目です。」
金田「ですよね。」
サル「黄鉄鉱は僕たちの宝であり、財産なものですから。どうかご理解ください」
金田「分かった。眺めるだけにしておくよ。」
間宮「ところでおサルさん。さっきからあんたの一族はどうもせわしない感じだけど、一体どうしたの?」
サル「実は私たち、今度のお祭りのためにお芝居を稽古してるんです。よければ、ここでお見せいたしましょうか。」
間宮「へえ、動物もお芝居をするんだ。」
サル「サルによるサル芝居です。いかがでしょうか。」
間宮「見るか。」
金田「うん。見よう見よう。」
サル「ありがとうございます。ではごゆっくりとお楽しみくださいませ。サルのサルによるサル芝居、『愛するあの娘のために』。」
サルたち、芝居を始める。
サル夫「なあ、サル子ちゃん。どうだい、この柿林から見える海の風景は。きれいだろ?」
サル子「ええ、とってもきれい。こんな光景見たの生まれて初めて。」
サル夫「サル子ちゃん、命というのは素敵なものだ。あの青い海のように、世界というのは、大きくて深いんだ。サル子ちゃん。これからも一緒に生きていこう。一緒に生きて、子供を持って、そして僕と一緒に、素敵な世界を探しに行こう!」
サル子「サル夫さん・・・。」
語り手「そんな時だった。そこに、意地悪なサルたちが、邪魔をしてきたのだった。」
サル太郎、サル次郎、サル三郎登場。
サル太郎「ヨウヨウヨウヨウ、何か楽しそうじゃねえか、お二人さんよう」
サル次郎「ヒューヒュ~」
サル三郎「これは壊し甲斐のあるカップルだぜ」
悪者ザルたち「イエ~イ」
サル夫「まずい、悪者たちに囲まれた」
サル子「どうしましょう、サル夫さん」
サル夫「逃げよう。今すぐここを離れるんだ。」
サル太郎「そうはいくかよ」
サル次郎とサル三郎、サル子を捕らえる
悲鳴を上げるサル子。
サル夫「サル子ちゃん!」
サル太郎「おっと。お前の相手は俺だ」
サル夫「畜生、サル子ちゃんに何をするんだ」
サル太郎「さあね。ご想像にお任せだ」
サル夫「彼女を離すんだ」
サル次郎「やだね。」
サル三郎「誰が離すものか」
サル次郎、サル三郎、あざ笑う。
サル太郎「お前たち、この女を洞穴へ連れて行け」
サル次郎・サル三郎「アイアイサー」
サル次郎とサル三郎、サル子を連れて退場。
サル夫「待て!」
サル夫、サル次郎たちの後を追おうとするが、サル太郎に止められてしまう。
サル太郎「お前の相手は俺だって言ってるだろ!」
サル太郎、サル夫に攻撃を仕掛ける。モロにその攻撃を受けるサル夫。
サル太郎、さらに数発サル夫にパンチをかまし、ゲラゲラ笑いながら退場する。
サル夫「・・・畜生。僕は彼女を守れなかった。助けてやれなかった!悔しい・・・悔しいよ・・・畜生。畜生!でも、あいつらに僕は勝てるのだろうか。あの娘を救い出すことが、本当にできるのだろうか。」
長老「この程度で終わってよいのか、若者よ」
長老、登場。
サル夫「長老。」
長老「わしは見ておったぞ、一部始終を。かわいい女の子ではないか」
サル夫「でも、僕は彼女を救う事が出来なかった」
長老「救う事に失敗したら、今やり直せばいい」
サル夫「無理だよ、そんな事。」
長老「好きじゃないのか?彼女の事を、本気で愛してるんじゃないか?!」
サル夫「それは・・・」
長老「自分に正直になるんだ、若者よ!」
サル夫「・・・そうだ。僕は心に誓ったんだ。絶対、彼女を幸せにしてみせると。その意志を絶やすわけにはいかない。愛するあの娘のために、僕は、諦めるわけにはいかないんだ!」
長老「そうじゃ、その意気じゃ、サル夫!」
サル夫「ありがとう、長老。僕、彼女を救い出すよ。」
長老「ああ、サル夫。男らしく行って来い」
サル「はい!サル子ちゃん、待ってろよ!今行くからね!」
サル夫、走り去る。
長老「・・・若者よ。これでいいのだ。若者は若者らしく、当たって砕けなさい。若者なら若者らしく、大切な人を意地で守り抜くのだ!」
長老、退場。
語り手「かくして、サル夫はサル子を助けに向かった。物語はついにラストスパート。果たして、サル夫はサル子を救う事が出来るのだろうか?!」
サル夫、登場。
サル夫「サル子ちゃん!サル子ちゃん!どこにいるんだサル子ちゃん!返事をしてくれ!」
サル子「サル夫さん!」
サル子、山の上から現れる。
サル夫「ああ、サル子ちゃん」
サル子「サル夫さん、助けに来てくれたのね?」
サル夫「ああ。今そっちへ行くから、待ってて。」
サル太郎「そうはいくか!」
悪者ザルたち、登場。
サル太郎「ここから先は通さないぞ」
サル夫「おのれ。サル子ちゃんを放すんだ。さもないと痛い目を見るぞ!」
サル太郎「やれるものならやってみろ」
サル夫「言いやがったな?」
サル夫、悪者ザルたちに襲い掛かる。
激戦の末、次々とやられていく悪者ザルたち。
サル子「サル夫さん!サル夫さあ~ん!」
サル太郎「おのれサル夫め、いつの間にこんなに強くなったんだ」
サル夫「僕の力は意志の力だ。お前らのような数の力ではない。さあ、サル子ちゃんを返してもらおう。」
サル太郎「なめたマネしやがって!」
サル太郎、サル夫に襲い掛かる。
サル夫、サル太郎を返り討ちにする。
叫び声をあげるサル太郎。
サル子「サル夫さん!」
サル夫「サル子ちゃん!今そっちへ行くからね!」
サル夫、サル子のもとへ山をよじ登って歩み寄っていく。
サル子、うわあっと泣き出す。
サル夫、そんなサル子を優しく抱き、背中をなでる。
サル夫「辛かったろう、サル子ちゃん。もう大丈夫だ。見てごらん、この黄鉄鉱の山から見える風景を。美しい緑の木々たちが、僕たちを見守っているのが分かるだろ?サル子ちゃん。改めて言うよ。僕と・・・僕と結婚してくれ。僕が、必ず君を幸せにしてみせる。結婚してくれ。」
サル子「はい。喜んで。」
サル夫、サル子の肩を強く抱き、山の下の風景を見渡す。
サル子も、サル夫と同じ方を見つめる。
語り手「こうして、二匹のサルは、末永く幸せにくらしましたとさ。めでたしめでたし。」
間宮と金田、盛大に拍手をする。
一礼する役者たち。
間宮「いやあ、素晴らしかった。実に素晴らしかった!」
金田「筋書きはよくありがちだけど、アクションがよかったね。うん。」
サル「ありがとうございます。そんなに喜んでいていただけて幸いです。」
間宮「本番はこれからなんだよね。がんばって!」
サル夫「はい!頑張ります!」
サル「本当にどうもありがとうございました。最後となりましたが、人間のお二人様にとっておきの物をお見せいたします。」
間宮「え?また何か見せてくれるの?」
金田「いやあ、それはありがたい。」
サル「この動物の森に来て下さったからには、お二人様には十分楽しんでいただきたいので。では、こちらへどうぞ。」
金田「次は何が待ってるかな。」
間宮「楽しみだなあ。」
一同、退場。
4
舞台は滝のほとり。
舞台中央には水が流れている。
間宮、金田、サル登場。
間宮「あれ?なんか空気がおいしい。」
金田「ホントだ。こんなの生まれて初めてだ。」
サル「こちらは、僕たちがいつも水飲み場として利用している清流の滝です。どうですか?気持ちが落ち着くでしょう。」
間宮「ああ。すごく落ち着くよ。」
金田「君たちは、いつもこういう滝で水を飲んでるの?」
サル「はい、そうです。」
金田「うらやましいなあ。」
サル「人間の世界では、いかがなものなんですか?」
金田「人間の世界ではね、『水道』って言って、人間の作った水の通った管を開けて飲むんだ。」
サル「へえ、そんな代物があるんですね。さすが人間だなあ。僕たちの想像をはるかに超えてる。」
金田「想像以上なのはお互い様だよ。なあ。」
間宮「そうだよ。テレビではよく見るけど、こんなに気分が落ち着くだなんて。ここへ来てみないと分からない体験だよ。」
金田「そうそう。」
サル「それはそれは、気に入ってくださったようで何よりです。それでは、滝の神様にお会いいたしましょう。」
間宮「滝の神様?」
サル「この清流の滝をおつくりなされた方です。」
間宮「へえ、そんな神様って本当にいるんだ。」
金田「すごいな。世界は謎に満ちているって奴だな。」
サル「では、奥へまいりましょう。」
サル、間宮と金田を連れて舞台中央へ。
サル「滝の神様。滝の神様。この者たちは不幸にも迷子になった、哀れな人間たちでございます。姿をお現し下さいませんでしょうか。滝の神様。」
滝の神、滝の中から登場。
滝の神「誰だ。私の眠りを妨げた者は。」
サル「私でございます。サルでございます。お眠りのところ失礼いたします」
滝の神「サル。一体どうしたのだ。」
サル「どうかこの人間たちの、良き相談相手になっては下さいませんでしょうか。この者たちは、そもそも自らの命を絶とうとして森にやって来たのです。滝の神様。この者たちの病める心を救ってやっては下さいませんでしょうか。」
滝の神「ほう。どれどれ。」
滝の神、間宮と金田にふと近づく。
滝の神「死にかけた目をしておるな。確かに、どうやら訳ありでこの森に来ているようだのう。」
間宮「分かるのですか、俺たちの事を。」
滝の神「わしは、そなたらの名前や身元こそ分かりはしない。しかし、そなたらの心のありようが見抜けるのだ。よっぽど苦しい目に遭ってきたのだろう。」
金田「すげえ。何でもお見通しなんだな」
滝の神「正直に申されよ。一体何があって、この森に来られたのだ。」
間宮「・・・俺たち、仕事場に不満があって、それで、目の前の現実から逃れるためにこの森に来ました。」
滝の神「目の前の現実から逃れるため?」
間宮「そうです。」
金田「それで、首つり自殺でもしようと思っていたんですが、どうも死ぬ覚悟になれなくて、その、それで生き延びはしたんですけど、こうして迷子になってしまったんです。」
滝の神「なるほど。そういう事か。で、そなたらは一体、これからどうするつもりなのだ。」
間宮「そのままもとの世界に戻るつもりはありません。」
滝の神「何だと?」
間宮「元の世界に戻るつもりはないんです、俺たちは。」
金田「少なくとも、事態を改善してからでないともとに戻るつもりはありません。」
滝の神「どうしても戻るつもりはないのか」
間宮「はい。」
金田「より善くなるまでは。」
滝の神「そうか・・・では、そなたらの悩みを聞こう。一体、具体的に何に悩んでいるのだ?」
間宮「会社の人間関係に悩んでいるんです。上司がとてもキツイ人で。」
金田「そうなんです。ホントにイヤな奴なんですよ。」
滝の神「そうか。人間関係でな。でも、何でその上司がキツイと思う?」
間宮「それは、俺たちの事が憎いからに決まってます。」
金田「そうです。それしかないですよ」
滝の神「いいや。私は、そうは思わない。」
間宮「どうしてですか?」
滝の神「人間だれしも、悪い面はある。しかしその一方で、いい面も持っているからだ。そりゃ、完璧な人格者なんているはずがない。しかし、人間という生き物は本来、優しい生き物だ。そなたらの上司だって、きっとそなたらの成長を願って怒ってくれているのではないのか?動物の世界でもそうだが、生きていくという事は、決して楽なものじゃない。しかし、どんな苦難が訪れたとしても、その苦難を乗り越える事によって、みな大人として成長するのだ。聞こえるか、この森の中で鳴く小鳥たちの声を。彼らも、必死でこの世界を生き抜いているのだ。若者たちよ。もとの世界へ戻りなさい。もとの世界へ戻り、人としてなすべき事を成し遂げるのだ。もしも、どうしてもその上司の事がイヤでイヤで仕方がないのであれば、新しい道を選べばよい。さあ。生き抜く勇気を持つのだ!自分で生き抜くという、大きな試練に立ち向かうのだ!」
間宮「・・・。」
金田「・・・。」
間。
金田「分かりました。戻ります。」
間宮「俺もそうします。ちゃんともとの世界へ戻って、人間として、生き抜きます。」
滝の神「よくぞ言った!それでこそ人間の大人だ。私は見守っておるぞ。そなたらの一生を、この滝の中から!」
金田「滝の神様」
滝の神「さらばだ!元気で、達者で生き抜くがよい、人間たちよ!」
滝の神、滝の中へ消えていく。
間宮「滝の神様!ありがとう!」
金田「ありがとう、ほんとうにありがとう!」
サル「さあ。それでは戻りましょう、もとの世界へ。帰り道は、僕が案内いたします。」
金田「ああ。頼むよ。」
サル「お任せください。」
雷鳴。
辺りを見回す一同。
金田「何だ?」
間宮「今、雷の音が聞こえたぞ?」
サル「・・・大変だ。雨だ!」
間宮「え、何だって!?」
川が氾濫し、間宮と金田を飲み込む。
金田「うわあ!」
間宮「助けて!助けてくれえ!」
サル「人間さん!人間さあん!」
暗転。
5
舞台は、川原のほとり。
間宮と金田は、倒れて気絶している。
金田、むくっと起き上がる。
金田「間宮?・・・間宮!おい、しっかりしろ、間宮!」
間宮「ん?」
間宮、ゆっくりと起き上がる。
金田「よかった!生きてたんだな?」
間宮「どうやらそのようだな。」
金田「よかった。本当によかった!」
間宮「(辺りを見回して)ここは、どこだろう。」
金田「さあな。それが分からないんだよ。」
間宮「まさか、三途の川?」
金田「馬鹿野郎。縁起でもない事を言うなよ」
間宮「そりゃそうだな。」
少しの間。
舞台の奥に、ぼんやりと明かりがともる。
金田「あれ?間宮。あそこに光っているのは何なんだろ。」
間宮「え?どこに?」
金田「ほら、あそこだよ。こっち来て、見てごらんよ。」
間宮「・・・ホントだ。何か光ってる。あれは、いったい何なんだろうな。」
金田「少し、近づいてみようか。」
間宮「ああ。」
間宮と金田、光のさす方へ駆け寄っていく。
その光の源は、一本の電信柱の蛍光灯だった。
金田「電信柱?」
間宮「ああ。そのようだな。」
金田「じゃあ、どうやら俺たち、もとの世界に戻ったようだな。」
間宮「ああ。そのようだな。」
金田「間宮。見ろよ。」
間宮「・・・きれいだなあ。」
金田「ああ。本当にきれいだ。」
間宮「人間の世界ってこんなにきれいだったなんて、俺初めて知ったよ。」
金田「ああ。俺も初めて知った。」
村人、どこからともなく登場。
村人「おや。何こんな朝早くに二人でしとるだん。」
金田「失礼ですが、あなたは?」
村人「この辺の村の者だわ。あんたら、この時間帯の山登りは危ないで、下りたほうがええで。何しろココの山は、クマが出るからな。」
金田「クマが?」
金田と間宮、互いに顔を見合わせてニヤッと笑いあう。
村人「何ニヤニヤしとるだん、お二人さん。ワシは本気で言ってんだぞ。」
金田「実は俺たち、森の中でクマに出くわしたんです。」
村人「何!それは本当だかん。」
間宮「はい。クマに出くわして、それでどこかに連れられて行って・・・あれ?思い出せない。」
金田「俺もだ。思い出せなくなっちゃった。」
間宮「確か、たしか・・・何が起きたんだっけ。」
金田「とにかく、こうして生き延びることができたんです。」
村人「はああ、そうだっただかそうだっただか。それはびっくりしたな。それにしても、あんたらは運に恵まれとるわい。クマに出くわしても、こうして生きて戻ってきたんだもんで。いやあ。神様に感謝せんとな。神様に感謝せんと。」
間宮「ところで、おじいさんはどうしてここにいらっしゃるのですか?」
村人「わしか?わしはこの辺の散歩じゃ。山へ登ったりせんよ。この時間帯の山登りは危なっかしいからな。」
金田「どうして、この辺の散歩をするんですか?」
村人「そりゃあんた、気持ちいいからに決まってるだろうが。朝一番にするこの散歩が、わしの生きる力を養ってくれるからだわ。これほど美しい風景は、とても人間の描く絵ではとても表現しきれない、スケールの大きさを感じずにはいられないだろ。ワシはな、小さい頃からこの村に育って、この山と生きてきて、本当になんか、嬉しい気持ちがわくんじゃ。そりゃ、生きてて辛い時もあったりするけどよ。その時はいつも、この美しい風景に助けられてきた。お前さん方。生きることは素晴らしい事だで。ムダに命を捨てんなよ?」
間宮「もちろん、捨てませんよ。」
村人「そうかそうか。それはよかった。最近、近頃の若いやつにワシは失望しておったが、あんたらは違うのう。これからの未来が楽しみじゃ。」
村人、声をあげて笑いながら去って行く。
金田「・・・これからの未来が楽しみだってよ。」
間宮「これからの未来、か。俺は今でも、不安な事ばかりが広がってたまらないがな。」
金田「そりゃあ、誰だってそうだよ。」
間宮「・・・なあ、金田。今はこうして生き延びる事ができたけど、いつかまた望みを失ったら、どうすればいいんだろう。また山にでも登って、同じ目に遭わなきゃ、こうして肯定的になれないんじゃないだろうか。」
金田「そんな事はないよ。俺たちは、もう以前の俺たちじゃないんだから。もう、これ以上失望もしないし、悲観もしない。ただ目の前にあるさまざまな美しいものに、ただ感動していようよ。世の中は、まだわからない事に満ち溢れているんだから。人間だって、動物だって、みんな懸命に生きるから楽しいんだ。未来が何もわからないから、楽しいんだ。」
動物たち、舞台の隅へぞろぞろと現れ、ハミングを歌いだす。
金田「なあ、間宮。聴こえてこないか。」
間宮「何が?」
金田「彼らの声。動物たちの歌声が聴こえるんだ。お前には聴こえてこないか?動物たちの声が。」
間宮「(耳を澄まして)・・・ああ。聴こえる。」
動物たち、合唱を始める。
♪
辛い事もあるだろう 嬉しい事だってあるはず
いろんな事があるから 人生は楽しい
食べて寝る事だけが 「営み」と呼ぶのなら
この胸の苦しみは どこに向ければいい?
ああ神様 あなたはどうして
私たちを生み育て 見守っているの?
希望がどこにあるのか分からないけれど
共に生きていこう 人生讃歌
人生讃歌
人生讃歌
♪
おわり