高校生たち
登場人物
佐藤アカリ 高校三年生。長女。
佐藤カナエ アカリの母。
佐藤アツシ アカリの兄。二十六歳の農家。長男。
佐藤ヒカル アカリの弟。高校一年生。二男。
佐藤ジュン アカリの弟。高校一年生。三男。
安村ミカ アカリの友達。高校三年生。
岡田マイ アカリの友達。高校三年生。
1
舞台は家の居間。
カナエが朝食の支度をしている。
カナエ ほら早く起きないと遅刻するわよ
アカリ は~い
アカリ登場。
アカリ おはよう、お母さん
カナエ はい、おはよう
アカリ お母さん、私の地学の教科書知らない?
カナエ 知らないわよ、あんたの物なんだから
アカリ ああ~、やっぱりわからないよね、あれがないと受験勉強ができないってのに!
カナエ だったらもっと日頃から整理しておきなさいよ
アカリ わかってる、わかってるってば!
アツシ登場。
アツシ 母さん、ハウスの天井開いたよ。
カナエ ああ、わかった。朝からお疲れ様ね
アツシ うん
アカリ お兄ちゃん、私の地学の教科書知らない?
アツシ さあ、知らないなあ
アカリ ああああ、私ったら一体どこへやっちゃったのよ~
アツシ アカリ、お前日頃からしっかりしとけよ
アカリ わかってるよ!おーい、どこへ行った、地学の教科書。素直に白状して出てきなさい、地学の教科書。教科書。教科書。教科書ちゃあ~ん
カナエ それよりもアカリ、まずはご飯を食べなさい。腹が減ってはなんとやらって言うでしょ
アカリ (カナエの話を無視して)教科書ちゃあ~ん!
ヒカル 教科書って、これのことだろ?
ヒカル、地学の教科書を手にして登場。
アカリ あ、私の教科書!そうか、犯人はヒカルだったのね?
ヒカル 見つけてやったってのに犯人だなんて言うなよ。部屋の机のそばに転がってたんだよ。盗んでなんかない。誰がお前のなんかを欲しがるか(教科書をアカリに投げ渡す)
アカリ なによその言い方。弟のくせにすっごい生意気なんだけど
カナエ ご飯は食べないの?
アカリ パンを一枚食べるだけでいい。あんまり食欲ないから。
アカリ、テーブルの上にあるパンを袋から取り出し、そのまま外へ向かう。
アカリ 行ってきます。
カナエ・アツシ 行ってらっしゃい。
ヒカル せいぜい頑張るんだね、姉ちゃん
アカリ うるさい!
アカリ、退場。
アツシ あいつ電車に間に合うのかな。
カナエ 間に合うでしょ。たぶん。
アツシ 俺、心配だからアカリを送ってくるよ
カナエ ありがとう。
アツシ、退場。
ジュン登場。ジュンは紙とペンを手にしている。
ジュン おはよう、母さん。
カナエ おはよ。朝から忙しそうね、ジュン。
ジュン うん。今脚本を書いててさ。面白いのが書けそうなんだ
カナエ へえ~。
ジュン 今回の作品はうまくいきそうだよ。もし完成したら母さんにも見せるからね
カナエ ありがと。楽しみにしてるでね。
ジュン うん。
ヒカル ケッ。まだ続けてたのかよ、脚本。諦めな。お前の書く脚本なんか誰も演じたい奴なんていないし観たい客もいないんだからよ
カナエ こら。口を慎みなさい、ヒカル。
ヒカル 僕は本当のことを言ったまでさ
ジュン ヘン、作品が完成しても兄ちゃんには絶対見せてやんない
ヒカル 結構結構大いに結構
カナエ それよりヒカル、学校の方の準備は整ってるの?時間が迫ってるんじゃないの?
ヒカル どうかご心配なく。私はどっかの誰かさんとは違ってしっかり者ですから
ヒカル、カバンを取りに居間の奥へ行く。
カナエ ご飯は食べたね
ヒカル さっきもらったよ
カナエ そうだね。じゃあ、行ってらっしゃい。
ヒカル 行って来ます
アツシ、登場。
ヒカル、アツシとすれ違うようにして退場。
アツシ あ、ヒカル。行ってらっしゃい
ヒカル 行って来ます
カナエ アツシ、アカリを送ってくれてありがとう
アツシ いや、それがね母さん。アカリ自分で行くから大丈夫だって行っちまったんだよ
カナエ あら、そう
アツシ 絶対間に合わないってのにな。
カナエ そうよね。こんな時間じゃ。あんたご飯まだ食べてないでしょ?
アツシ うん。
カナエ じゃあ一緒に食べましょ。
アツシ いいよ。食べるか
カナエ うん。ジュンは食べる?
ジュン まだいいや。
カナエ そう。じゃあまたあとでね
ジュン うん。
ジュン、退場。
丁寧に挨拶をし、ご飯を食べ始めるアツシとカナエ。
カナエ やれやれ・・・。やっと嵐が過ぎ去った。
アツシ ホントそうだよね。アカリとヒカル、あの二人は高校生になってもなお変わってないもんな。
カナエ ちょっとは成長してほしいわよ。もう小学生じゃないんだから。
アツシ ホントホント。正直言って、俺将来が不安になってるもん。成績優秀でしっかり者のヒカルはまだしも、アカリは駄目だよ。いつも忘れ物ばっか、なくしものばっかなんだもんな
カナエ でもあの子はまだいい方よ。ちゃんと将来の夢を見据えているんだもの。
アツシ アカリ、将来何になりたいんだっけ。
カナエ スクールカウンセラーみたいね。
アツシ スクールカウンセラーか。あいつらしい仕事だな。就くことが出来たら絶対うまく行くと思うよ
カナエ お母さんもそう思う。
アツシ あいつ、ああ見えて思いやりのある子だからな。いつも弟に気をかけてやっててさ。大したお姉ちゃんだよ。
カナエ でも人に目をやりすぎて自分の足元を見てないのがたまに傷ね
アツシ そうなんだよな。あいつの場合は日頃がなってないんだよ。だから心配で心配で仕方がないんだ。あいつ、大人になったらちゃんと仕事ができるかな
カナエ それは大丈夫でしょ。大人になるまでにきっと成長してるわよ
アツシ そうだといいんだけどなあ
カナエ なれるわよ。だってアツシだってこんなに仕事ができるようになったじゃない。じきにいい大人になるわよ。
アツシ ああ。・・・そうだね
ジュン、登場。
ジュン お腹すいた。
カナエ ああ、あっちにご飯があるから自分でよそってね
ジュン はあい
ジュン、居間の奥へ行く。
アツシ ジュン、今日も元気みたいだね
カナエ そうみたいね。睡眠ちゃんととれてるみたいだし、薬も飲めてるし。
ジュン、ご飯を持って登場。
ジュン いただきまーす
ご飯を食べ始めるジュン。
アツシ ごちそうさま。仕事に行ってくるよ
カナエ わかった。後でお母さんも行くからね
アツシ うん。じゃ、また畑で。
カナエ はいね
アツシ、退場。
ジュン 母さん、何か手伝いをしようか?
カナエ ありがと。でもいいよ。好きなことでもしてゆっくり楽しんでて。それがジュンの一番の治療になるから。
ジュン 僕はもう病人じゃないよ。もう十分に動けるよ
カナエ けど先生に言われたでしょ?今は養生する時、休養する時だって。ジュンは病院を退院してそれほど日にちが経ってないじゃない。一番大事なのは無茶をしないこと。ここを病院だと思ってしっかり休みなさい。(手を合わせて)ごちそうさま。
ジュン じゃあさ、もう少し話し相手になってもらってもいいかな。今人と話したい気分なんだ
カナエ いいわよ。ただ、お母さん畑の方へ行きたいから、悪いけどジュンも一緒についてもらってもいい?
ジュン いいよ。外はすがすがしい朝。こんな絶好の時を逃してはもったいないからね。それに、ここ最近ずっと家にこもってばっかりだったから。
カナエとジュン、退場。
2
舞台は廊下。
ミカとマイがおしゃべりしながら登場。
アカリ登場。
アカリ おはよう。
マイ おはよー
ミカ あら、今日補習をサボった佐藤アカリちゃんじゃない
アカリ サボりたくてサボったわけじゃないよ。電車に遅れちゃって補習に間に合わなかっただけなの
マイ まあ、家から遠いと大変だよね。遅れは許されないんだもの
アカリ そうそう。家が遠いから仕方がない。
ミカ とか言って、ホントは単に寝坊で遅れただけなんでしょ?急いで起きて地学の教科書あたりを探し回ってたんじゃないの?
アカリ ぎくっ!
ミカ ウソ、まさかの図星?
アカリ そ、そんなわけないじゃな~い。もう、笑わせちゃうわ。(上品に笑ってごまかす)
ミカ 怪しい...
マイ 要するに、そんじょそこらのサボりとは違うってことね
アカリ そう、そういうこと。
ミカ なるほどね。ただのサボりとは違うわけね
アカリ サボりたいなんて思うわけないじゃん。自分の人生がかかってるんだから
マイ ま、言われてみればそうかもね。確かに受験は、人の人生がかかってるもんね。
ミカ いやあ、今の世の中理不尽にできてるもんだよ。私ときどき思うんだ、なんで私たち勉強してるんだろうってさ
アカリ 確かに、そう思う時があるよね
ミカ でしょ?やっぱり思うでしょ?
アカリ でもそんな事ばっかり考えてられないじゃん。今は自分の将来の夢に向かって頑張っていかなきゃ
マイ 自分の将来が定まってる人っていいよなあ。私なんかさ、とりあえず大学に受かればいいって思ってるだけだもんね。私、しっかり者じゃないよ
アカリ そんなことないよ。マイはしっかりしてるよ。
マイ そうかな
アカリ そうだよ。元気出していこうよ
マイ うん、ありがと。
ミカ ところでさ、最近うまくいってるの?
アカリ 何が?
ミカ 彼氏のことだよ。カ・レ・シ。
アカリ ああ、うん。でも、以前ほどじゃないよ。向こうも忙しくてこの頃遊んでくれなくて。
マイ そりゃそうだよ。何しろ私たち受験生なんだから
アカリ そういうものか
マイ そうだよ、そういうものだよ。ねえ、ミカ。
ミカ そうだよそうだよ。逆に、毎日遊んでばっかりの男なんて全然人に対する気遣いがないってもんだよ。こんな大切な季節に人を道連れするなんて男がもしいるんだとしたら、人間としてサイテーだよね。
アカリ そっかあ。今の話を聞いて、何か腑に落ちた気がする。
マイ 何かあったの?
アカリ うん。実はここ最近、私がメールするのに返信してくれない日が多くて。それに学校でどこかですれ違ってもなかなか振り向いてくれなくて。
ミカ そうだったんだ
アカリ だから、私が何か悪いことをしちゃったのかなって思って、ずっと気まずい気持ちでいたの
ミカ なるほどね。まあ、それは辛いよ。もし私だったとしてもそう思うもの。
マイ ミカにも彼氏いるから分かるものね。
ミカ 別に彼氏ってことじゃないんだけど。でも気持ちはわかるよ、私は。
マイ ボーイフレンドのいない私としては、一度告白された時点で幸せ者だと思うなあ。だってそう滅多にないことじゃん、そういうことって。だからさ、私うらやましく感じちゃうの
アカリ そっか。私って幸せな方なのか。
マイ 自分ではそうは思わないの?
アカリ 思わないでもないんだけど。ちょっと、最近辛くて。
マイ そう。
アカリ でもさ、辛いのは皆一緒だもんね。だって、高校生なんだから。
マイ ・・・・そうだね。高校生だからね。
チャイムの音。
ミカ あ、いっけない。早く教室に戻らなきゃ
マイ 今日も頑張ろうね、アカリ
アカリ うん。ガンバろ。
ミカ マイ、アカリ、早くしなくちゃ。早く早く!
マイ・アカリ うん!
ミカ、マイ、アカリ、退場。
3
舞台は居間。
ジュンがテーブルの上で執筆活動をしている。
カナエ登場。
カナエ 筆がよく進んで精が出るね
ジュン もう昼食?
カナエ んーん、まだいいわよ
ジュン よかった
カナエ 今度はどんな話を書いてるの?
ジュン まだこれといったストーリーは考えてないんだけど、高校受験に取り組んでいる女の子の物語を描こうって思ってるんだ
カナエ それ面白そうじゃない。ジュンは男なのに女を描くんだね
ジュン うん
カナエ それだけ女心がわかるってことなんだ
ジュン そうじゃないよ。僕、なんとなく書いてみたいと思ってさ
カナエ 女の子の物語を?
ジュン うん
カナエ それはどうして。
ジュン わかんない。でも何となく書きたいと思ったんだ。いや、書かなくちゃいけない気持ちにさせられたんだ。僕があえて女の世界に挑戦することで見えてくるものがあるというか、何というか、その、僕の側から見えている女の世界観を書いてみたいという気持ちにさせられたんだ。ほら、あの有名な宮崎駿だってナウシカとか千尋ちゃんとかを主人公として描いてるでしょ?宮崎先生は男じゃん。でも女性をよく書くじゃん。だから、僕思うんだけど、実のところは「女心」ってのはない気がするんだ。いや、女だって人間なんだから心があるのは当たり前なんだけど、ただね、女にしか持っていない気持ちを抱いてるっていう考え方が、どうも僕には腑に落ちなくてさ。少し違うかなって思うんだ。これから書く作品には、そういう類の問題を描いてみたいと思ってる。見極めてみたいんだ。本当に男と女は分かり合えないのかを。本当に女性と男性は考え方が違うのかを。
カナエ そう、それは面白い作品になりそうね
ジュン まあ、自信はないんだけどね。
カナエ でも実際に書いてみるっていうことは大事だと思うな。自分が考えていることはどういうことなのかハッキリとするもんね。それにストレス解消にもなるし。いいもんだよね、執筆って。お母さんも憧れてたなあ、あんたと同じぐらいの時に。お母さんはね、源氏物語の翻訳をしてみたいと思ってたの。だからよく図書館に行ってさ。本に書かれてる原文の意味を調べるためにいろいろ辞書を引いたんだよね。懐かしいやあ。
ジュン 源氏物語の翻訳か。面白そうだね、そういう作業も。
カナエ うん。面白かった。すごく面白かったよ。でも途中で諦めちゃった。だって源氏物語ってすごく長いんだもの。あれをやりきった人は本当にすごい人だよ。
ジュン 源氏物語ってさ、確かいろんな人が現代語訳してるんだよね?
カナエ そう。
ジュン 後世の人たちにそんなに翻訳される紫式部は、すごいよなあ
カナエ ホントにね。
ジュン 僕もそんな紫式部のような大作家になりたい!
カナエ なれるよ、きっと。強く願いながら書いてればね。
ジュン そっか。よし、もう一丁がんばるぞ
カナエ 頑張って。
ジュン うん
ヒカル ただいまー
ヒカル、登場。
カナエ あら、随分早かったじゃない、学校
ヒカル 今日はテスト当日だったんだ
カナエ なるほど、それでね。
ヒカル (ジュンの原稿を見るなり)ああ、まだ書いてたんだ
ジュン 何か悪い?
ヒカル 別に。ただ、何で自分の部屋で書かないのかなって思っただけさ。
ジュン ここのほうが落ち着くんだよ。自分の部屋にこもっていたら頭がおかしくなっちゃうからさ
ヒカル ヘッ、贅沢なもんだよ。自分の部屋を持ってるくせに使わないなんて。僕なんか小学校入学以来ずっと姉ちゃんと同じ部屋だもんな。
カナエ ごめんね、いろいろと苦労をさせちゃって。
ヒカル ホントだよ。全く持って苦労してるよ。
カナエ そろそろ部屋を空けないといけないね
ヒカル とか言って、そうやって今まで父さんの部屋の整理をしないままこのまま時が流れちゃったじゃないか。いいよ。もう慣れたし。カバンを閉まってくるよ。
カナエ うん
ヒカル、自分の部屋の方へ去っていく。
ジュン ねえ、母さん。
カナエ なあに。
ジュン 僕、このままで大丈夫かな。何だか不安になってきた。
カナエ どうして。
ジュン だって、ヒカル兄ちゃんやアカリ姉ちゃんは健全に学校に通えてるのに、僕だけこんな風に遊んでばっかりでさ。僕さ、いつもヒカル兄ちゃんに会うたびにそう思うんだ。
カナエ 気にすることはないよ。ヒカルはヒカル、アカリはアカリ、ジュンはジュンだよ。確かに、あんたはヒカルやアカリと比べて学業に関しては劣ってるかもしれない。けど、ジュンにはやりたいことが見つかってるじゃない。それってとても幸せなことなのよ?一生懸命頑張ってれば、いつか道は開ける。大丈夫。何とかなる。それより、向こうでちょっとおやつの時間にしましょ。休憩も兼ねて。
ジュン そうだね。そうするか。今日のおやつは何を買ってきてくれたの?
カナエ トッポ。
ジュン いいね、トッポ
カナエ でしょ?
ジュン うん。早く台所に行こ
カナエ そうだね
カナエ、ジュン、退場。
4
舞台は廊下。
ミカとアカリ登場。
ミカ なんなの、相談したいことって。
アカリ ごめんね。受験勉強を中断させちゃって。
ミカ いいよいいよ。アカリの相談だったらいつでも受けるよ
アカリ ありがと。
ミカ どうしたの?
アカリ ・・・あの、さ。ミカにも男友達いるんだよね
ミカ うん
アカリ じゃあ聞くけど。男の子って、何であんなに冷たいのかな
ミカ え、どういうこと?
アカリ 私さ、コウタの行動がすごい理解できなくてさ。
ミカ コウタのこと?
アカリ うん。
ミカ 彼氏の話か
アカリ うん。どうしても理解できなくってさ。
ミカ どんなところが理解できないの?
アカリ 目を合わせてくれないところとか、妙にクールで他人行儀なふるまいをする所だとか
ミカ 人前だから恥ずかしいだけなんじゃないの?
アカリ そうなのかな
ミカ もうしばらくは彼氏のことは忘れなよ。受験勉強がおろそかになっちゃうでしょ?
アカリ わかってるよ。わかってるんだけど、私どうしようもできなくて。ミカ。私どうしよう。勉強してる時、私いつも必ずコウタのことばかり考えちゃって。コウタの目線が気になって気になって仕方がなくて。ああ~、私どうしたらいいの?
ミカ こんなに男のことで頭がいっぱいになる女子も珍しいよ。よっぽどコウタのことが好きなんだね
アカリ うん、そうなの。でもそれで頭がいっぱいになっちゃってさ
ミカ アカリの彼氏になったコウタも幸せ者だなあ、こんなに思ってくれているんだもの。いやあ、これぞまさしく、青春だなあ!
アカリ まるで他人事みたいに物を言わないでよ
ミカ だって他人事だもの
アカリ そうじゃなくて、もっと親身になって考えてってこと。
ミカ 分かってるよ、そんなことぐらい
アカリ 私、どうすればいい?
ミカ うう~ん。そんなにコウタのことが気になって仕方がないの?
アカリ うん。
ミカ そう。気持はわかるけど、やっぱりしばらくは忘れてた方がいいよ。その方が勉強に集中できるから、絶対。
アカリ それができないからこうして相談してるじゃない
ミカ 困った子だねえ
アカリ 何とかしてよお
ミカ 何ともできないよ。だってそれはアカリの問題なんだもの。しばらくは我慢するんだね
アカリ そんな
ミカ 酷なようだけど、私から言えるあんたへの言葉はそれぐらいしかないよ。
アカリ そんな・・・・
うつむくアカリ。
ミカ (気まずく感じて)まあ、受験シーズンなんて直ぐに通り過ぎてしまうだろうからさ、一緒に頑張っていこうよ。ね?
アカリ コウタ・・・・・。
ミカ ・・・・・・・・・何をやればすっきりするの、アカリとしては。
アカリ コウタと一緒にプリクラ撮りに行くだとか、カラオケに行くだとか。
ミカ そんなのできるわけないじゃない
アカリ そうだよね。私の考えって全部間違ってるんだもんね
ミカ いや、そうは言ってないけどさ
アカリ あーあ。せめてプレゼントでも渡せたらいいのになあ。「受験勉強、一緒に頑張ろ!」とか言いながらさ
ミカ ふ~ん。だったら、それやってみたらいいじゃん
アカリ え?
ミカ プレゼントしてあげればいいじゃん。「受験勉強、一緒に頑張ろ!」って言いながら渡せばいいじゃん。きっと彼氏喜ぶと思うよ?
アカリ そんな。
ミカ 渡したいんでしょ?
アカリ 渡したいけどさ・・
ミカ 渡せばいいじゃん
アカリ でも、私緊張するから・・・
ミカ そこを何とか乗り越えるのだ、恋する乙女!
アカリ 出来ないよ
ミカ じゃあ我慢するんだね
アカリ それはもっと出来ない。
ミカ でしょ?!だからあえて私が提案してあげてるのよ
アカリ 勿論、渡せるものなら渡したいよ。渡したいんだけど・・・
ミカ ほら、やるかやらないかハッキリしないと、どんどん受験勉強の時間が削られていくばかりだぞ
アカリ 分かってるよ。分かってるけど。
ミカ だったらまずは決断しなさい。やるの?やらないの?
アカリ ・・・・・分かった。私、やるよ。プレゼント、渡してみる
ミカ よ!よくぞ言った、恋する乙女!それじゃあ私はもう必要ないね
アカリ まだ必要だよ
ミカ 何で!?
アカリ いや、どんなプレゼント渡せばいいのかなって思ってさ。
ミカ それはさすがに自分で考えれられるでしょ
アカリ それができないからこうして相談してるじゃない
ミカ だったら私が店までついて行ってあげるよ。店まで行けば何かいいモノ見つかるから。
アカリ そうかな。ほんとにそうなのかな・・。
ミカ もう、じれったいなあ。じゃあ私が連れて行ってあげるよ!(と、アカリの腕を引っ張る)
アカリ 痛い、痛いってば!
ミカ、アカリを引き連れて退場。
5
舞台は家の居間。
アツシ登場。そのあとに続いてカナエ登場。
アツシ いやあ、今日もやり終えることが出来たよ。
カナエ お疲れさま、一家の大黒柱。
アツシ いや、俺は大黒柱にしてはまだ細い方だよ。俺はそんなにしっかりしてないよ。あの父さんほどしっかり者じゃない。
カナエ いやあ、お母さんはそんなことないと思うけどなあ。ほんとしっかりしてるわよ
アツシ そうかな。
カナエ そうよ。お父さんが亡くなってから丸三年、アツシはここまでよく頑張ってると思うよ。自分が父親代わりになって皆のために働いて。お父さんがもし今のあんたを見ていたらさぞかし安心するでしょうよ。
アツシ 正直言って、あんまり自信がなかったんだ。いや、今もそうなんだけど。父さんがいなくなってから、今さらながら社会人の大変さとか、家を支えることの大変さを思い知らされたよ。でも、ようやくこうして一つ大人としてやっていくことが出来るようになって、ちょっと自分自身安心した。一時期はどうなるかと思ったけどね
カナエ ごめんね。まだ若いあんたにだけそういうのを押し付ける形になっちゃって。
アツシ いいよ。母さんは体を壊しやすいんだから。俺の仕事の手伝いをしてくれるだけで十分助かってるよ。それに、いずれこの家を継ぐ人間なのだから、家に住んでる人の分まで働くのは当然だよ。いつかこうなるとは思ってた。覚悟はしてたよ。それより、今日のご飯は何?
カナエ 久しぶりにカレーライスにしようって思ってるの。どうかな。
アツシ やった。ちょうどそういうのが欲しいって思ってたところなんだ
カナエ それならよかった
アツシ 何か手伝うよ。
カナエ いいの、あんたは一家の大黒柱、仕事で疲れてるんだから。それよりも、ヒカルにこそ手伝いをやらせなきゃ
アツシ ヒカルまともに手伝うか?
カナエ 普段手伝わないからこそやらせないとと思ってね
アツシ やめといたほうがいいよ。あいつ手伝わないから。
カナエ 物は試しよ。何よりも、手伝わない習慣が身に付くと困るのはヒカル自身なんだから。
アツシ それもそっか。
ヒカル、登場。
カナエ あ、ちょうどいい所に現れた。ヒカル、悪いけどちょっと手伝ってくれない?
ヒカル えー、いやだ。
カナエ この人でなし。
ヒカル 人でなしだなんて人聞きが悪い。僕は勉強で忙しいんだ。てゆーか何でジュンには言わないで僕だけに言う訳?それって差別じゃない?差別だよね?いや、母さんが行っている行為は明らかに、人種差別だ!
カナエ そこまで言うのであれば手伝ってもらわなくても結構結構コケコッコー
ヒカル いや、僕が言いたいのはさ、ジュンに楽をさせすぎているってことだよ。
カナエ 精神病患者に手伝いはさせられないわよ
ヒカル 今回はそれかよ。前に部屋をジュンにだけ別にした時はジュンが虚弱体質だからという理由で別になっただろ?虚弱体質の次は精神病患者かよ
カナエ でも本当のことじゃない。ジュンはつい数日前に退院したばかりの立派な精神病患者なのだから
ヒカル 精神病なんて絶対嘘だよ。家の中ではぴんぴんしてるじゃないか
カナエ あれは薬で正常になってるだけなの
ヒカル うっそだあ
カナエ ホントなの
ヒカル まあいいさ。僕は勉強に励ませてもらうから。何が何でも勉強に励ませていただきますんで。決してお手伝いはイタシマセン。ご飯になったら知らせてね
カナエ (グレた口調で)わかったよ
ヒカル (グレた口調で言い返して)じゃ、よろしく。
ヒカル、退場。
アツシ うわあ、言わんこっちゃない。それにしても相変らずの反抗ぶりだ。あれはでっかいガキンチョだ
カナエ ホントホント。(ヒカルに聞こえるように)我が家には手伝いをしてくれる子がなかなかいなくて困るのよねえ~。以前はジュンがよく手伝ってくれてたけど、そのジュンは今病人だからね~
アツシ 俺が小さい時はもっと手伝いをしてたように思うんだけど。
カナエ 今の子はあんまりお手伝いをしないみたいね
アツシ そうなの?
カナエ そう聞くよ。
アツシ 誰から聞いたんだよ、そんなこと。
カナエ ヒカルやアカリから。手伝いをしない言い訳をする時によく言われたのよ。「そうやって家のコキ使うのはウチだけだよ?ウチどっかおかしいんだよ」っていう感じで
アツシ そんな時代になってるのか、今の家庭ってのは。
カナエ そうなのよ。そうらしいのよ
アツシ ああ、そういえば何か聞いたことがあるぞ。海外へ留学に行った子から、「海外の中学生はよくお手伝いをするからびっくりした」って。
カナエ そう
アツシ それで校長先生のお話の中でもよく似たことを聞かされた覚えもある。
カナエ どんな内容なの
アツシ 海外に行った学生に日本の印象についてのアンケートをしてもらったみたいでさ、そのアンケート結果がすごい意外なものだったんだ。
カナエ どういう意味で?
アツシ 「日本の学生は王子様やお嬢様になってる」って書く海外の学生がたくさんいたっていうことでだよ
カナエ 日本の学生は王子様やお嬢様?!
アツシ それはよっぽど向こうでは家の手伝いをするのが当たり前であるっていう習慣が身についてる証拠だよ。あのお話は正直言って衝撃だった。
カナエ ホント衝撃よね
アツシ どうやら家の手伝いをするのが普通ではないらしい、日本の場合は。
カナエ なんか、悲しい話ね
アツシ ホント。何か暗い気持ちになるよ。
カナエ (ため息をついて)せめて将来主婦になるアカリにでも手伝いをやらしたいんだけどなあ。
アツシ 手伝いは社会生活の基本だからね
カナエ でも強要はさせたくないのよ。どうやってやったらいいのかなあ
アツシ わからないな
アカリ ただいまー。
アカリ、登場。
カナエ ああ、お帰り。随分遅かったじゃない。
アカリ 向こうで受験勉強してたから
カナエ そう。
アカリ 私部屋で勉強の続きをしてるね。
カナエ ああ、あー、ああ~、(わざとらしく)今からお母さん一人で料理するの?ああ、めんどくさい。料理するの大変だなあ。誰か助けが欲しいわアー。助けてえ~
アカリ ・・・・それってどういうこと?私に手伝ってほしいってことだよね。そうだよね?でも私駄目だからね。お手伝いは絶対しないからね。お母さんがどうなってしまおうが私は手伝わないからね。だって私受験を控えてるんだもの。受験に差支えがあると困るから。 てゆーか、人にお願いするならもう少し丁寧な口調でお願いするもんじゃないの?そもそも受験生に手伝いをさせる?もし包丁で指でも怪我して、それで私がくるくる目を回して家を大火事にしてしまったらどうしてくれるわけ?もし受験勉強ができなくなったらどうしてくれるの?もっとちゃんと子供のことを考えてよね。ヘッ!
アカリ、自分の部屋の方へ去っていく。
アツシ ホントに人でなしなんだな、ヒカルもアカリも。やっぱり時代がそうさせるようにしてしまったんだな
カナエ いいのいいの。大体は予想がついてたことなんだし。困るのは自分なんだから
アカリ、突如として現れる。
アカリ 言っておくけど。私は手伝いたい気持ちはあるんだからね。ヒカルとは違って手伝いたい気持ちはあるんだからね。私は事情があって手伝えないだけなの。でも手伝いたい気持ちはあるのよ
カナエ 気持ちがあるんだったら今すぐ手伝えってんだよ!
アカリ だから、もし私が万が一のことがあるといけないから手伝いは控えてるの!
カナエ そんなこと言って、ホントは手伝う気なんてさらさらないんでしょ
アカリ そうじゃないって言ってるじゃない
カナエ (急に歌を歌いだして食事の準備をしだす)
アカリ (カナエに聞こえるように)お母さん、私手伝いたいんだよ、手伝いたい気持ちはあるんだよ?ただ万が一のことがあるとみんなに迷惑をかけるから、それに受験勉強もしたいから手伝わないだけなんだからね、聞いてる?私は正しいことをしてるんだからね、私は正しいことをしてるんだからね!
アツシ さあさあ今日も始まりました、毎回恒例の女のバトル、さあさあ今日はどちらが勝つのでありましょうか!
アカリ・カナエ は?
アツシ ごめん、ひとり言。
カナエ (再び歌を歌って準備をしだす)
アカリ いい?私間違ってないんだからね、私間違ってないんだからね!私忙しいからさ、もう行くからね、もう行くからね!
アカリ、再び自分の部屋の方へ去っていく。
カナエ、歌を歌うのをやめる。
カナエ あー、疲れた
アツシ 母さん、やっぱ俺手伝うよ。
カナエ そうしてもらってもいい?
アツシ うん。
カナエ 悪いね、ありがと。
アツシ いいよ。こっちこそいつも作ってくれてありがとう。
カナエとアツシ、料理をしに退場。
6
子供部屋の中。
ヒカルが勉強をしている。
アカリ登場。
アカリ ただいま、ヒカル
ヒカル (無視)
アカリ ただいま。ヒカル。
ヒカル (無視)
アカリ ・・・・・。
アカリ、ヒカルの勉強用具を取り上げる。
ヒカル 何するんだよ!
アカリ ただいま
ヒカル 返せよ、この野郎!
アカリ ただいま
ヒカル 勉強の邪魔をするな!
アカリ 「ただいま」って言ってるじゃない
ヒカル 誰がお前なんかにあいさつするかよ
アカリ 何ですって?!
アカリ、勢いでヒカルの勉強用具を投げ捨ててしまう。
ヒカル ああー、僕の勉強用具があ~!(勉強用具を拾いに行き)何してくれてんだよ!
アカリ へっ、ざまあ
ヒカル わざとだな?わざと僕の勉強を邪魔しに来たんだな?
アカリ そんなことしに来たわけじゃないわよ。仕方ないじゃない、部屋が共同なんだから
ヒカル ああ!(勉強用具の中身を見て)さっき姉ちゃんが勝手に取り上げたせいで問題集が汚くなってる。もう、どうしてくれるんだよ!
アカリ え、どれどれ、私にも見せて。(ヒカルの勉強用具を見るとプッと笑って)うはははははサイッコー、うけるう!(笑う)
ヒカル 笑うな!
アカリ だって笑えて笑えて仕方ないんだもの
ヒカル 復讐してやる、何としても復讐してやる。今に覚えてろよ。僕は根の深い人間だからな。決して忘れないからな
アカリ どうぞご勝手に。
ヒカル なもう我慢できない、男の力をなめるなよ、やろうと思えばすぐにやれるんだからな
アカリ じゃあやってみればあ?
ヒカル 何だとお!?
アツシ (袖口の方から)ヒカル、アカリ、ご飯ができたぞ、カレーができたぞー!
ヒカル 何、カレーだって?!やったあー!・・・・・・(アカリをキッとにらんで)今に覚えてろよ。復讐してやる。
ヒカル、「イエ~イ!」と叫びながら退場。
間。
アカリ やれるものならやってみろってんだ
アカリ、机の上に自分の勉強用具を広げ始める。
その勉強用具の合間からひょっこりと現す小さなお守り。アカリ、そのお守りをやさしく手に取って、それをじっと見つめ続ける。
アツシ (ひょっこりと)入るぞー
アカリ うわっ!
アツシ登場。
お守りを不意に隠すアカリ。
アカリ ・・・・・何。
アツシ ご飯。さっきも言った。
アカリ 勉強部屋に勝手に入ってこないで。入るならノックしてから入ってよ
アツシ 次から気を付けるよ。とにかくご飯だから、早く下へ降りるんだぞ
アカリ 私今忙しいから、先食べてて。すぐ行くから。
アツシ 分かった。
アツシ、退場。
アカリ、懐からお守りを取り出して机の上に置く。そして鞄から可愛い便箋を取り出し、机の上にあるお守りのそばに置き始める。
ドンドン!
戸をたたく音。
びくっとするアカリ。
アツシ アカリ、カレーをよそっといていいか?それとも自分でよそうか?
アカリ あとで自分で好きなだけよそうから。お兄ちゃんは下へ行ってて
アツシ はいよ
しばしの沈黙。
手紙を書き始めるアカリ。
頭をかきながら、ペンを回しながら、ひとつひとつ丁寧な字でしたためている。
アカリ 出来た。
アカリ、完成した手紙を読み直し、それを両手で天に掲げる。そしてその手紙を丁寧に箱の中にしまい、お守りもその中にしまう。
ケータイの着信音。
びくっとするアカリ、ケータイのメールを開いて読み始める。アカリ、そのメールを読んでたちまち涙目になり、うつむき出し、机の上にあるプレゼントを不意に放り投げる。
カタン!
プレゼントが壁にたたきつけられ、部屋の入口付近に転がる。
アカリ、その場でむせび泣く。
トントン
戸をたたく音。
ヒカル 入るよ
アカリ、急いで涙を拭いて勉強する姿勢になる。
ヒカル登場。
アカリ ご飯早かったじゃん
ヒカル ・・・腹の調子が良くなくてさ。カレーは明日にすることにした。
アカリ そう。
ヒカル 姉ちゃん、さっきのことまだ覚えてるからね。(自分の勉強用具を示して)コレ。
アカリ (苦笑い)
ヒカル どうしてくれるんだよ。
アカリ どうしようっかなあ
ヒカル ふざけんなよ
アカリ ふざけてなんかないよ。
ヒカル もういいよ。ぐちゃぐちゃになっただけなんだし。
アカリ そうよそうよ、ぐちゃぐちゃになっただけなんだし
ヒカル お前が言うなよ!
アカリ 「お前」?実の姉に向かって「お前」はないんじゃない?
ヒカル お前なんざ姉だと思いたくねえし。
アカリ 私だって、あんたを弟だって思いたくはないわ。でもお姉ちゃんは偉いのよ?だってあんたを弟として認めてあげてるんだもの。少しは私に感謝してほしいわよ。
ヒカル (足元に転がっているプレゼントを見つけて)何だコレ
アカリ え?あ・・・あ、ああ、ああああああああ、これ私の私の、こんなところにあったんだあ~。よかったあ、見つかってえ~(ヒカルをのけてプレゼントを拾い上げる)
ヒカル ・・・・何か隠してない?
アカリ べっ、別にい
ヒカル 怪しい。
アカリ ああ、お腹すいたあ。私もカレー食べに行こうっと(と、その場を去ろうとする)
ヒカル (アカリの行く手を遮って)待て、そうやってごまかすな。ゼッテー隠してるだろ、姉貴
アカリ あんたに隠すことなんて何もないわ
ヒカル 今こそ復讐の時だ。姉ちゃんには正直に話してもらうぞ
アカリ 隠す用事なんて何もないってば
ヒカル いや、絶対俺に隠してる。何か隠してる。正直に話せ
アカリ しつこいなあ、何も隠してないってば。ここを通して
ヒカル 俺は確かに言ったよな、「復讐してやる」って。俺は根の深い人間だとも話したよな?
アカリ お願いだからここを通して
ヒカル 恨むなら自分のさっきの過ちを恨むんだな。さ、正直に話せ
アカリ だから隠すことなんて何もないってば
ヒカル これ、実は俺のための誕生日プレゼントなんだろ!?
アカリ ・・・・・え?
ヒカル だって、明日俺が誕生日だからさ、だから、何か買ってきてくれたんだろ
アカリ え。
ヒカル 姉ちゃんいつも僕に何かしらプレゼントしてくれるもんね、見た目によらずさ。今年のプレゼントは、これなんだろ?
アカリ ・・・・ま、ま、まあ、ね。
ヒカル ほらね。やっぱりそうだったんだ。素直に正直に言えばいいじゃないか。どうせ明日にバラされるんだからさ
アカリ そ、そうだよね。どうせすぐにバレちゃうんだからね
ヒカル そうだよ。姉ちゃんバレバレなんだよ。もうバレちゃったんだからさ、そのプレゼントもらうよ。今からその中身見てみたいからさ。それに、姉ちゃんが持ってるといつ無くすかわからないからさ。現にさっきここに放置されてたし。
アカリ それはできない。
ヒカル どうして?
アカリ ・・・・誕生日プレゼントってさ、誕生日に渡すから誕生日プレゼントっていうじゃん。だからさ、どうせ明日のことなんだし、もう少しだけ、待っててくれないかな。
ヒカル ・・・・いいよ。そこまで言うんだったら。まあ、姉ちゃんの買ったプレゼントなんてそこまで期待してないからさ
アカリ ・・・・。
ヒカル (気まずくなって)ああ、風呂先に入る?
アカリ 先入っていいよ。
ヒカル そう。じゃあ入るよ
アカリ うん。
ヒカル、退場。
間。
アカリ、小箱の中から手紙を恭しく取り出し、それを丁寧に破り始める。
7
舞台は居間。
ジュンが執筆活動をしている。
アツシ登場。
アツシ こんな夜遅くによく作品を書く意欲がわくな。
ジュン いや、夜だからこそ書く意欲がわくんだ。まだまだこれからだよ。
アツシ ふう~ん。やるなあ。
ジュン 僕の書く作品なんて大したことないよ。僕の書く作品は、所詮平凡な小さなやり取りでしかない。まだまだこれからなんだ。
アツシ 頑張れよ。
ジュン うん。
アツシ、退場。
カナエ登場。
カナエ 頑張ってるわね
ジュン うん。
カナエ どれぐらい進んでるの。
ジュン 前半から中盤。我ながらよく書けたと思うよ。
カナエ すごいじゃない、たった一日で前半と中盤を書き切るなんて。
ジュン 自分でもびっくりしてるよ。でも本番はこれからさ。たとえ前半が良くたって、後半がしっかり書き込めてないと作者の想いは伝わらない。あの映画の題材にもされた小惑星探査機「はやぶさ」だって、小惑星の欠片を手に入れることが出来たからこそ、それまでの苦労話が立派なストーリーへと変わるんだ。あの「はやぶさ」が地球に帰ってきたからこそ感動があるんだ。だからこそ、この後半こそがとても重要なんだ
カナエ ふう~ん、そうか。頑張ってね
ジュン ありがと。頑張るよ。
カナエ それにしてもアカリがまだ降りてこないわね。どうしちゃったのかしら。(袖に向かって)アカリ、ご飯食べなさいよ
ジュン 受験生ってのも大変だよね。やりたくない勉強を無理無理に覚えなくちゃいけないんだから
カナエ そうよね
ジュン でも、僕個人的にこう思うんだ。勉強っていうのは大人になるための第一歩なんだって。僕、精神病になって学校へ行かなくなって、初めて気づいたんだ。最初は何で勉強する必要があるのかがさっぱり分かってなかった。学校っていうのは単なる通過点でしかないと思ってた。でも、最近はそうは思わなくなってきたんだ。不思議だよね、僕勉強のせいでうつ病になったっていうのに、いざ勉強から解放されると、もっと勉強したくなっちゃうんだ。特に劇作家っていうのは、何もかもが勉強なんだよね。観客の気持ちを理解しなくちゃいけないし、主人公の気持ちも感じなくちゃいけないし。今こうして作品に取り組んでみて、初めて芥川のすごさに気付かされたんだ。僕芥川の作品は嫌いだった。暗いし、グロテスクだし。でも先生は、そんな芥川の鋭い観察力を指摘して高く評価しててさ。当時の僕は、その先生の言ってることを、「ああ、そういうものなんだ」って、そう思ってただけだった。でも、今ならわかるよ。芥川はすごい作家だったんだって。
カナエ 芥川か。お母さんも読んでみようと思ったんだけどね。でも、結局読めなかったなあ。ジュンはすごいよ。そうやって自分から勉強しようとするんだもの
ジュン 僕のはほんの遊びみたいなものさ。それで食ってるわけじゃないし、将来の仕事につながるわけでもないし。本当の勉強家っていうのは、健全な心でちゃんと学校に通えている人のことを言うと思うんだ。そう考えれば僕は落ちこぼれみたいなもんだよ。
カナエ そうかなあ。お母さんはそうは思わないよ?作家の吉川英治なんか小学校中退だったって聞いたことがあるし、トーマス・エジソンは先生に退学させられたのよ?それに比べてあんたはよく勉強した方じゃない。義務教育をしっかり全うした。それだけでもすごいことよ
ジュン そうかな。
カナエ そうよ。ジュンは幸せな方だと思うよ?劇作家になるっていう大きな夢があるんだから。仕事なんて探せばどっか見つかるわよ。日頃の礼儀と正しい心構えが出来ていればね。辛いのは、実はヒカルなんじゃないかな。確かに、ヒカルは成績もいいし頭もいい。でも、あの子にはやりたいことがないのよ。ジュンだったら脚本があるし、アカリだったらカウンセラーになるっていう夢がある。でもヒカルはそういうのがまだ見つかってない。だから、正直言うと、ヒカルはジュンのことがうらやましく感じてるんじゃないかなあ。お母さんはそう思う。だもんで、ジュンにはジュンの良さがあるの。自信を持てばいいの。夢があるっていいことよ。ホントにね。
ジュン うん。・・・・そうだね。
ヒカル、登場。
ヒカル 母さん、風呂お先に。
カナエ はい、ありがとね。
ヒカル (ジュンに向かって)まだ書いてたのか
ジュン 悪かったね
ヒカル 別に悪いなんて一言も言ってないし。
ヒカル、退場。
ジュン 母さん、やっぱりヒカル兄ちゃんが嫌いだ。
カナエ あんまりいいお兄ちゃんじゃないものね。お風呂入る?
ジュン うん、入る
カナエ じゃあ先にどうぞ
ジュン うん
ジュン、風呂に入る準備をしに退場。
カナエ それにしてもアカリ、まだ受験勉強してるのかな。全っ然降りてこない。もう一回言おうかな。まあいいか。アカリももう小学生じゃないんだから。自分で考えるか。(あくびをする)眠くなってきた。そろそろ寝る準備をしようっと。
カナエ、退場。
8
舞台は居間。
アツシ登場。
アツシ (独白)いやあ、今日もいい朝だ。この朝を見るたびにいつも思うよ、夜明けは暗い気持ちを一気に吹き飛ばしてくれるって。そうだ。人生には明けない夜はないんだ。いつまでも明るい気持ちになることはそうそうない、暗い気持ちになることだってある。だけど、暗い気持ちというのは自然と晴れ渡っていくものなんだ。この夜明けの朝のように。希望を持て、希望を持つんだ、そうすればきっと道は開ける。今こそ辛いものの、それを乗り越えればきっと見えてくる、僕の夜明けの風景が。きっと僕を見守っているんだ。きっと。
カナエ、登場。
カナエ おはよう、アツシ。今日も朝からご苦労様ね。ハウスの天井を開いてくれたんでしょ?
アツシ ああ
カナエ ご飯はもうできてるから、よかったらもらってね
アツシ うん。ありがと。
ヒカル登場。
カナエ あ、ヒカル、おはよう
ヒカル ああ、おはよ
カナエ 今日もいい天気で気持ちいいわね
ヒカル 別に。
ヒカル、カナエとアツシを素通りして退場。
アツシ またいつものが始まった
カナエ そういう時期なんだよ、きっと。
アツシ そうだといいんだけどな
ジュン おはよう、母さん、アツシ兄ちゃん
ジュン、登場。ジュンは紙とペンを手にしている。
カナエ おはよう、ジュン
アツシ (同時に)おはよう
カナエ ご飯出来てるからね
ジュン うん、分かった。でもまだいいや。ここで脚本の執筆をしてもいい?
カナエ いいわよ。ただ数分しかできないと思うけど、それでもいい?
ジュン いいよ。
アツシ 本当によく頑張ってるな、ジュン
ジュン えへへへへ
カナエ 最後に残るはアカリね。アカリはまだ起きてこないわねえ
アツシ ホントだな
カナエ (袖に向かって)アカリ―、アカリ―。ご飯が出来たわよー
アツシ だめだよ母さん。そんな起こし方じゃ
カナエ じゃあどうやって起こせばいい?
アツシ やって見せましょう。(袖に向かって)アカリ!起きないと遅刻するぞ!
間。
アツシ あれ、起きてこないぞ。
カナエ おっかしいわねえ。今日平日よね?
ヒカル 朝に勉強でもして、また寝たんじゃねえの?
ヒカル、自分の食事を持ちながら登場。
カナエ そうかしらねえ
ヒカル そうだよ。それしかないよ。たぶん。
アツシ 俺、ちょっとアカリを起こしに行ってくるよ
カナエ お願い。
アツシ、退場。
カナエ ところでヒカル、誕生日おめでとう
ヒカル ありがと
ジュン (わざと大きな声で)ああ、脚本って難しいなあ~
カナエ さあさ、そろそろ片づけて、ジュン。ご飯にしようと思うから
ジュン ・・・うん。
ジュン、机の上の原稿を片付け始める。
カナエ ご飯はもう食べれる?
ジュン うん。お腹がすいてきた
カナエ そう、じゃあ自分でよそって食べてちょうだいね
ジュン うん
ジュン、ご飯をよそいに退場。
アツシ、アカリ登場。
アツシ 起こしてきたよ
カナエ ありがとう。アカリ、おはよう
アカリ おはようございます。
カナエ ・・・今日は授業があるんでしょ?
アカリ うん。あるね。
カナエ だったら早くご飯を食べないと。
アカリ 今日は学校休む。
カナエ どうしたの。体の調子がおかしいの?
アカリ うん。ちょっとね。
アカリ、ぼーっと窓の外を眺める。
ジュン、ご飯を持って登場。
ジュン 母さん、今日もいい天気だね
カナエ そうね。
ヒカル いただきます。
カナエ はいどうぞどうぞ
アツシ アカリ。お前もご飯をよそって食べな。
アカリ いいよ、ご飯は。お腹空いてないし。
アツシ 朝食を食べないとデブになるぞ。好きな子に嫌われたくなかったらしっかり食べなさい
アカリ いいよ。もう嫌われてるし。
アツシ え?
ヒカル いやあ、今夜が楽しみだよ、特に姉ちゃんのプレゼントが。
カナエ へえ、アカリ今年もプレゼント買ってやったんだ。さすがお姉ちゃんね
ジュン いただきます
カナエ はいどうぞ
ヒカル でも昨日さ、僕が勉強部屋に行ったら僕の足元にそのプレゼントが転がっててさ。姉ちゃんいくら管理が悪いって言ってもあればかりは大切にしてほしかったよ
ジュン 母さん、今日のご飯もおいしいね
ヒカル プレゼント用意してくれるのは嬉しいけどさ、やっぱりもっと上手に管理してほしいよね。しかもよりによって踏まれそうなところにほっぽかすなんてさ。僕がもし姉ちゃんの立場だったとしても、プレゼントをあんな風にほったらかすことはしないなあ
カナエ でもプレゼントを用意してくれただけ嬉しいものじゃない
ヒカル いや、僕が言いたいのはね、(アカリの方を意識しつつ)姉ちゃんのあまりの管理能力のなさにあきれてるってことだよ
アカリ (ヒカルの方を向く)
ヒカル なんだよ
アカリ ・・・・ごめんね。私管理が下手でさ。(笑う)
ヒカル ・・・・。
アカリ 私、部屋にいるね。
アカリ、自分の部屋の方へ去っていく。
アツシ ・・・・。
カナエ ・・・・。
ジュン ごちそうさま。
カナエ ああ、はいね。
ジュン 母さん。僕脚本頑張るからね。
カナエ はいね、お母さんの分まで頑張ってね
ジュン うん。必ず書ききって見せるから。
ジュン、食器を持って退場。
ヒカル ごちそうさま。
カナエ あら、まだ残ってるじゃない。
ヒカル 腹がいっぱいになったんだ
カナエ そう。これからテスト?
ヒカル そう
カナエ 頑張ってね
ヒカル うん
ヒカル、食器を持って退場。
アツシ アカリ、どうしちゃったんだろう。
カナエ うん。
アツシ 一体どうしたんだろう。
カナエ 兄弟げんかでああはならないわよね。何か心当たりある?
アツシ うん。さっき、アカリにいつものように「デブになって好きな子に嫌われたくなかったらご飯を食べなさい」って言ったら、あいつ「私嫌われてるから」って言ってた。
カナエ 嫌われてるって?
アツシ うん。
カナエ アカリ、本当にそういったの?
アツシ うん。
カナエ ・・・・・なるほどね。
アツシ え、何が?
カナエ アカリもそういう時が来たのね。
アツシ だから、何が?
カナエ 分からない?
アツシ うん。全然。
カナエ そう。
アカリ、登場。
アカリ お母さん。お皿洗っとくよ
カナエ え?
アカリ お皿洗っとくよ。
カナエ え・・・ああ、それはありがと。
アカリ、台所へ向かう。
アカリとすれ違うヒカル。
アカリ ヒカル、行ってらっしゃいね。
ヒカル え、ああ、うん。
アカリ、ヒカルにニコッとして去る。
ヒカル ・・・・。
カナエ ヒカル、学校があるんでしょ。早くいきなさい、
ヒカル あ、ああ。
ヒカル、退場。
アツシ 珍しいなあ、アカリが自分から皿洗いをやるなんて。アカリ風邪でも引いたのかな。
カナエ 風邪を引いたからと言ってそんなことをやろうなんて気にはならないわよ
アツシ でもアカリ、何かいつものアカリじゃないよ。
カナエ それはあるね
アツシ 何か、違和感があるんだよね。何とも言えない違和感が。
カナエ そうね
アツシ ねえ、アカリの身に何があったのか、母さん分かったんだよね?
カナエ まあね。
アツシ アカリ、どうしたの?
カナエ ・・・青春してるのよ。あの子は。
アツシ 青春?
カナエ そう、青春よ。青春。
アツシ 青春って、青い春と書くあれだよね。
カナエ そうよ。それ以外何が浮かぶのよ。
アツシ いや、別に何も浮かばないんだけどさ。青春って何のことかなって思って。
カナエ 私でもただの勘なんだけどね、多分失恋か何かをしちゃったんだと思う。それで何らかのことをきっかけにしてああやって、自分を変えようと努力するようになったっていうことなんじゃないかな。
アツシ (アカリの方に目をやりつつ)なるほどね。もしそれが本当だとしたら、アカリ相っ当辛い思いをしてるんだろうね。
カナエ そうね
アカリ、登場。
アカリ 勉強してるね。
カナエ ありがとね。勉強頑張って。
アカリ うん。
アカリ、退場。
アツシ もし今、あいつ辛い思いをしてるんだとしたら、何か声をかけてやった方がいいんじゃないかな。俺、ちょっと部屋の方へ行ってくるよ
カナエ いや、ちょっと待って。アツシは仕事の方へ行かないと。
アツシ でも・・・
カナエ 大丈夫。あとはお母さんが何とかするから。
アツシ ・・・・分かった。それじゃ、アカリを頼むよ。
カナエ うん。任しといて。
アツシ うん。じゃ、行ってくる。
カナエ 行ってらっしゃい。
アツシ、退場。
カナエ さてさて。どうやって話しかけてやればいつものアカリに戻ってくれるのやら。このまま引きずって引き込もりされちゃったらどうすればいいんだろ。せっかくここまで一生懸命に頑張ってくれてたのに、あんなにカウンセラーになりたいって言ってたのに。親としてどうしてあげればいいんだろう。・・・・ああ、こういう時にあの人がいてくれるといいのにな。あの人だったらこの状況の中で、どういうことをしてたかな。・・・・・・向き合うんだ。向き合うしかないんだ。きっとあの人だったらそうする。そうするに違いない。よし。夕方になったらあの子の部屋の掃除に行って様子を伺ってみるか。そうしてみよう。うん。
カナエ、退場。
9
舞台は子供部屋。
アカリ登場。
アカリ、カバンの中から勉強用具を取り出して、勉強をしようとする。しかし、どうしても体の力が入らない。
トントン
戸をたたく音。
カナエ 入るわよ。
アカリ うん
カナエ、登場。
カナエ 部屋の掃除にやってきたわよ、アカリ。
アカリ いいよ、そんなことしなくたって。自分できれいにするから。
カナエ だめよ。今日はアカリの気分がよくないんだから、ここはお母さんが掃除させてもらうわ。
アカリ 私、もう気分は充分いいよ。
カナエ そうは見えないわよ?
アカリ 気のせいだよ
カナエ ほら、そこ。(掃除を始める)随分汚いじゃない
アカリ ほっといてよ
カナエ これを見てほっとくことが出来るもんですか
アカリ あとで自分できれいにするよ
カナエ 出来る?ほんとにそんなことできる?
アカリ 出来るよ。もう私高校生なんだから
カナエ そう、それもそっか。でもせめてここだけは。(掃除をし終わると)そこ座ってもいい?
アカリ うん。いいよ。
カナエ 失礼しまーす
カナエ、アカリの隣に座る。
間。
カナエ どうなの。勉強の方は。
アカリ 別に。
カナエ そう。「別に。」か。・・・・アカリ、今日一日中部屋にこもりっぱなしだったわね
アカリ それが何か悪い?
カナエ いや、別に悪くはないよ?悪くはない。うん。
アカリ 何しにここに来たの、お母さん。
カナエ 別に。お母さんはあんたのことがちょっと心配になってこうやって部屋の掃除のついでにこうして様子を見に来ただけ。それだけよ。
アカリ そう。
カナエ テレビでもつけようか?
アカリ いいよ。最近面白いテレビなんてないし。
カナエ そうかな。けっこういい番組あるわよ?例えば「世界一受けたい授業」だとか。
アカリ へえ、そんなに面白いんだ。
カナエ 面白いわよ。ここ最近どこのテレビ番組だってみんな力を入れて作ってるもの。バラエティーが教育番組に影響されてたり、逆に教育番組がバラエティー番組に影響されたり。
アカリ よく見てるんだね、お母さん。
カナエ お母さんは普段仕事で忙しいからそんなに見る機会がないんだけどさ。でもね、最近そういう風に感じるのよね。何となく。
アカリ ふうん。
カナエ テレビつけてもいい?気分転換に。
アカリ うん。そんなに見たいんだったら、いいよ。
カナエ ・・・・それじゃ。
カナエ、テレビをつける。
そのテレビで流れていたのは、NHK教育番組「にほんごであそぼ」。
番組がただ淡々と流れていく。
カナエ へえ、こんなのがあるんだね。なんていう番組?
アカリ 「にほんごであそぼ」
カナエ 結構面白いじゃない
アカリ そう?
カナエ うん
アカリ 私は、そうは思わないけどなあ
カナエ そう?
アカリ うん。つまらない。
その時、きれいな音色の音楽がテレビの中から流れてきた。
金子みすずの詩「私と小鳥と鈴と」だ。
カナエ へえ、いい作曲じゃない。
アカリ そうだね。
カナエ これ、お母さん知ってるわよ。「私小鳥と鈴と」。金子みすずのこの詩って有名よね。
アカリ そうだね。
カナエ 何か、心にしみてこない?
アカリ そうかな。曲はいいとは思うけど。歌詞はもう学校で習わされてることだし。
カナエ そうか。お母さんはそうは思わないけどなあ。お母さん、金子みすずの詩は好きだからね。特にこの詩が。
アカリ 要は「みんな違ってみんないい」っていう話でしょ?
カナエ そんな淡白な話じゃないわよ
アカリ じゃあ何なの?
カナエ いや、それは、何というかあ・・・
アカリ ほら、説明できないじゃん
カナエ うるさいわね
アカリ お母さん。私一人にさせて
カナエ え?
アカリ 一人にさせて
カナエ でもアカリ
アカリ 一人にさせて。
カナエ 相談なら乗ってあげるよ?
アカリ ・・・・・一人で考えさせて。
カナエ ・・・・・分かった。そんなに言うんだったら。
カナエ、退場。
勉強を再開するアカリ。だが、やっぱり体に力が入らない。
アカリ、ため息をつく。
その時、ケータイの着信音が鳴る。
ケータイのメールを開くアカリ。
ミカ、どこからか登場。
ミカ (メールの内容)アカリ、体の調子の方はどう?私はこっちはなかなかいい感じだよ。彼氏にプレゼントを渡す用意はできた?渡すなら早めに渡した方がいいよ。向こうも忙しいだろうからさ。もしまた相談したいことがあれば私乗るからね。マイも心配してたよ。まずは体を大事にね。体の調子が良くなったら、また学校に来てね。頑張ってね。受験も、恋も。
アカリ ・・・・・・ミカ。
ミカ、退場。
ケータイのボタンをポチポチ押すアカリ。
マイ、どこからか登場。
マイ アカリ、元気?ミカから話は聞いたよ。よっぽど苦労してるんだね。実は、私も受験勉強にあまり集中できないでいたんだ。私の場合は、アカリとはまた違った事情で受験勉強に身が入らなくて。大丈夫、辛いのはみんな一緒だよ。一緒に乗り越えていこうよ。だって私たち、友達じゃない。・・・男の子と付き合うのは大変かもしれないけど、私の分まで頑張ってね。応援してるよ。アカリ、早く立ち直ってね。
アカリ ・・・・・マイ。
マイ、退場。
アカリ、カバンの中からプレゼントを取り出し、そのプレゼントをじっと見つめてうわあっと泣き出す。
部屋中に響き渡る泣き声。
ヒカル登場。
涙をふくアカリ。
ヒカル 姉ちゃん。
アカリ ・・・・どうしたの、ヒカル
ヒカル いや、別に。
アカリ そう。
ヒカル 隣で勉強してもいい?
アカリ いいけど。
ヒカル そりゃどうも
アカリ 珍しいじゃん。ヒカルが隣で勉強するなんて。
ヒカル 悪いかよ
アカリ んーん、別に。
勉強を始めるヒカルとアカリ。
間。
ヒカル 姉ちゃん。一つ、聞きたいことがあんだけど。
アカリ うん。
ヒカル 今日、どうか、したの?
アカリ え?どうかしたのって?
ヒカル いや、別に。昨日から様子が、おかしいなって。
アカリ 別におかしくはないよ。私は。
ヒカル 自分ではそうは思わないだろうがよ
アカリ でも私は大丈夫なの
ヒカル ふ~ん。ああ、そう。ならよかった。
間。
ヒカル あの、さ
アカリ ん?
ヒカル 今朝は、悪かったな
アカリ え?何が?
ヒカル 朝のことだよ、朝のこと。
アカリ あ、ああ
ヒカル 俺、ちょっと言い過ぎたよね。あの時姉ちゃんの様子が、よく分かってなくてさ。
アカリ ああ
ヒカル 何か、悪かったな。ホント。
アカリ んーん、いいよ、別に。もう済んだことなんだから。
ヒカル 珍しいのは姉ちゃんの方だよ。
アカリ え?
ヒカル だって、いつもとなんか違うからさ
アカリ そう?
ヒカル うん。
アカリ そう。そうかもね
間。
アカリ あのさ、ヒカル
ヒカル ん?
アカリ いや、なんというかあ。そのお~
ヒカル 何だよ、はっきりしろよ
アカリ 何でもない
ヒカル 何だよ、それ。
アカリ アーうるさい、勉強に集中させて。
ヒカル そいつは悪かったな、姉貴
アカリ ホントよ
間。
アカリ あ、ああ、ああ。
ヒカル なんだよ。どうした。
アカリ 声の調整。(超美しい声で)アア~
ヒカル 勉強の邪魔だよ
アカリ 分かってるわよ、そんなこと。
ヒカル (アカリの勉強の様子を見て)姉ちゃんさっきからちっとも進んでないじゃないか
アカリ あ、勝手に見るなってば
ヒカル 何か静かすぎて逆に気になるんだよ
アカリ ペースなんて人それぞれでいいのよ
ヒカル 姉ちゃん、曲がりなりにも受験生なんだろ?そんなんでいいの?
アカリ いいのよ。別に。
ヒカル ・・・・(でっかい声で)ふうううう~ん。・・・・・ああ、そう。
間。
アカリ ・・・・・・・・あのさ、ヒカル。
ヒカル ん?
アカリ 一つ、愚痴をこぼしたいことがあるんだけど。いいかな。
ヒカル ・・・うん。どうした?
アカリ 私、彼氏がいるんだけど。
ヒカル うん。
アカリ 昨日、その彼氏に、「距離を置こう」って言われちゃった。
ヒカル うん。
アカリ それでさ、
ヒカル うん
アカリ 昨日の夜からずっと泣きたい気持ちでいっぱいでさ
ヒカル うん
アカリ でも誰にも話すことが出来なくてさ
ヒカル うん
アカリ それで今日朝から全然気分がよくなくてさ
ヒカル うん
アカリ それで一日中休んだんだけどさ
ヒカル うん
アカリ ずっと、ずっと、ずっとずっとずーっと、彼氏のことばっか考えててさ。私、嫌われたっていうのにさ、・・・馬鹿だよね。ほんとに。私ってホンッとバカ。「距離を置こう」って言われたのにまだ思ってんだよ?そう言われたのにだよ?笑えちゃうよね?私って何考えてんだろ。「距離を置く」なんて、もう嫌われたようなものじゃない。嫌われてるっていうのにさ、私まだ相手のことばっかり頭に残ってて、それを捨て切ることが出来なくて。それで、それでさ、私、わたし・・・・・辛くてさ。ホントに辛くてさ(泣く)
ヒカル ・・・・・。
間。
勉強を終えるヒカル。
ヒカル なんだ、やっぱどうかしとったじゃん。道理で勉強に集中してないわけだよ。
アカリ ごめん。
ヒカル んーん、いいよ。姉ちゃん、それほど辛い思いをしてたんだね。今日はそれがわかってよかったよ。俺さ、正直言ってすっげえ心配してたんだ。姉ちゃんの身に何があったんだろうってさ。俺、こう見えて恥ずかしがり屋だからアレなんだけどさ、結構姉ちゃんのことを気にしてたんだぜ?姉ちゃん。頑張ろうよ。俺だって目標がないまま高校生活を送ってて辛い気持ちになることがよくあるけど、でも、俺だって自分なりに頑張ってくよ。・・・・・姉ちゃん。姉ちゃんには目標があるんだ。その目標を見失わないでほしい。辛いと思うけど、乗り越えてほしい。だから、だからさ、その・・・一緒に、頑張ろうよ。乗り越えていこうよ。
アカリ ・・・・・ヒカル。
ヒカル (にいっと笑う)
間。
カナエ (声だけ)ヒカル、アカリ、ご飯が出来たわよー
ヒカル はあい。それじゃ、俺ご飯食べに行くよ。姉ちゃんは?
アカリ まだいい。
ヒカル そう。じゃあそう伝えておくよ。(と、その場を去ろうとする)
アカリ あ、待って。
ヒカル (立ち止まって)ん、どうした?
アカリ いや、あのさ
ヒカル うん。
アカリ 一つ、言い忘れてたことがあって。
ヒカル なに。
アカリ ・・・・誕生日、おめでとう。
ヒカル え?
アカリ (プレゼントを差出し)誕生日おめでとう。
ヒカル ・・・・・・ありがとう。(プレゼントを受け取る)
10
舞台は居間。
アツシ登場。
アツシ ♪春が来た 春が来た どこに来た 山に来た 里に来た 野にも来た
花が咲く 花が咲く どこに咲く 山に咲く 里に咲く 野にも咲く♪
カナエ アツシ。
カナエ登場。
アツシ ああ、母さん。
カナエ 随分気分がよさそうね
アツシ まあね。でも今日は忙しいよ
カナエ まあ、春だからね。
アツシ そうそう、イチゴの実りが多くなってきたからね
カナエ ほんとほんと。春だからね
アツシ 花が咲いて、暖かい季節になった。おかげでハウスは暑くなる。
カナエ ほんとほんと。春だからね
アツシ 春っていいよね。何だか明るい気分にさせてくれるから
カナエ ホントそうよね。春が来ると、寒い冬を乗り越えてきてよかったっていう気持ちにさせてくれるものね
アツシ ただし、仕事は幾分忙しくなるけどね。
カナエ まあ仕事があるだけまだありがたい方よ。
アツシ そうだね。時間っていうのはほんとに早いものだよ。あの高校生のアカリがもう卒業なんだよ?
カナエ ホントにね。
アツシ アカリ、無事希望の大学に受かってよかったよ。合格が決まるまで、俺はもう胸がドキドキしてたんだから
カナエ あんたがそうならお母さんなんかもっとドキドキしてたわよ。何しろ大学受験を受ける子はアカリで最初なんだから。
アツシ そりゃそうか。
ジュン登場。ジュンは書き上げた原稿を手にしている。
ジュン 母さん。やっと完成したよ。脚本完成したよ
カナエ あら本当。おめでとう、ジュン
ジュン どうもありがとう
アツシ ついに書き上げたのか
ジュン うん。ホント苦労したよ。初稿を書き上げてから数ヶ月、丸々推敲に励んでいたからさ。ほんと大変だった!途中で何度もやめてしまいたい気持ちになったけど、ここまで何とか意地で書き上げたよ。いやあ、本当に大変だった
カナエ どういう作品になったの?
ジュン それは見てのお楽しみだよ。
カナエ それもそっか
アツシ それにしても、お前よくここまで書き抜いたな。以前なんか「書けない」「書けない」って嘆いてたのに。
ジュン 自分でも不思議に思うよ、何でここまで書けるようになったんだろうって。ホント不思議に思うよ。何でなんだろう。ホント不思議だよ。
アツシ ほんと、大した奴だよ
ジュン ただ、僕はまだ勉強不足だ。もっといろんな勉強をしないといけないって思い知らされたんだ。だから僕、復学するよ。もう一度勉強しなおすんだ。留年なんて気にしない、他人の目なんてどうだっていい。僕は自分のやりたい勉強をしたいんだ。だから、もう一度高校を復学して、もう一度大学に向かって頑張るよ。あの時みたいに。母さん。復学手続きを頼むよ。僕やり方を知らないからさ
カナエ 分かった。ちゃんと手続きを取るからね。
ジュン うん
アツシ そうか。ジュンが復学か。大変だと思うけど、頑張れよ。決して無茶はするなよ
ジュン 大丈夫だよ。あのアカリ姉ちゃんだって大学に受かったんだから。じゃ、僕数学の予習をしてくるよ。母さん、(カナエに原稿を手渡し)コレ気分転換に読んでみて。そして読んだら感想をお願いね
カナエ はい、分かった。数学頑張ってね
ジュン うん。
ジュン、退場。
カナエ 「あのアカリ姉ちゃんも」だって
アツシ アカリが大学に合格したのに強く影響されてるな
カナエ あの子学年の中でも下から数えた方が早かったものね
アツシ だからこそ、あのジュンにも復学する勇気を与えたんだな、きっと。
カナエ きっとそうね
アツシ それじゃ、俺イチゴを向こうで詰めてくるよ
カナエ はいね、お母さんも後で行くからね
アツシ ああ。
アツシ、退場。
アカリ登場。
アカリ ただいま。
カナエ お帰り。どこへ行ってたんだっけ
アカリ カラオケ。もう受験が終わったからね
カナエ 無事に入学できてよかったわね
アカリ ありがとう。
カナエ ホントに、あんたもよくここまで成長したねえ。お母さん涙出ちゃう
アカリ 大学に入るのがゴールじゃないよ。むしろスタート地点に立ったばかりだから
カナエ ほう、アカリも立派なことが言えるようになったじゃない
アカリ えへへへへへ。(ジュンの原稿に気付いて)アレ。ジュン脚本完成させたんだ
カナエ そう、さっきもらってさ。
アカリ へえ~、私も読んでみていいかなあ
カナエ いいと思うよ。ただしジュンに聞いてからだけどね
アカリ 楽しみだなあ
カナエ さてと、お母さん向こうでイチゴ詰めてるからね
アカリ うん。行ってらっしゃい。
カナエ 行って来ます。
カナエ、退場。
ヒカル、恐る恐る登場。
ヒカル 姉ちゃん、お帰り。
アカリ ただいま。どうしたの、ヒカル。
ヒカル 姉ちゃん。今いいかな
アカリ うん。いいけど。何か用?
ヒカル いや、ちょっと渡したいものがあってさ。
アカリ なあに。
ヒカル えーっと・・・(ポケットからお守りを取り出して)これだよ。
アカリ これって・・・
ヒカル 俺、いつもプレゼントもらってばっかだったからさ、今回ぐらいはと思って。姉ちゃんからもらった「合格祈願」のお守りのお返しみたいなもんだよ。(アカリにお守りを手渡す)
アカリ (お守りを受け取って)・・・・・・・何で「安産」?
ヒカル えっと、それは、あれだよ。姉ちゃんのこれからを祈ってこのお守りにしたんだよ。
アカリ 私、まだ結婚してないんだけど・・・
ヒカル いいじゃねえかよ、別に。直に結婚するだろうからさ。
アカリ それもそっか(笑みを浮かべる)
ヒカル ま、希望も含めてだけどね
アカリ どういう意味よ
笑いあう二人。
ヒカル ところで、姉ちゃんもう乗り越えることが出来た?
アカリ え、何が?
ヒカル だから、あれだよ。
アカリ あれって?
ヒカル 鈍いなあ。あれと言ったらあれだよ。男のことだよ
アカリ ・・・・ああ、あれね。もう大丈夫だよ。現にこうして大学受験を受けることが出来て、合格まで決まったんだし。
ヒカル そう。それならいいんだけど。ちょっと、聞きたいことがあるんだ
アカリ なあに。
ヒカル 最近俺も、好きな子が出来てさ。それで、それで・・・・(涙声で)俺振られちゃったんだよお~
アカリ えっ、そうなの?!それってすごいショックじゃん
ヒカル (なお涙声で)そうなんだよお、俺これからどうしよう~
アカリ 大丈夫だよ、あんたはあんたの良さがあるから。自信を持って生きていきなさいよ
ヒカル (声をあげて泣く)
アカリ まあまあそんなに泣かないで泣かないで。私だって経験したんだから大丈夫よ。でもそれを乗り越えて今があるんだから。さあさ泣かないの、泣かないの。
ヒカル だって、だってあまりにもひどい口調で断られたんだ!ひどすぎにもほどがあるよ~!
アカリ 断られる時はいつだってひどい口調で言われるよ。もう、泣かないでったら。(カバンからケータイを取り出し)私なんか彼氏に受験シーズンの時にこうやって書かれたんだからさ。見てよ。私こうやって書かれちゃったんだよ?ほら見て
ヒカル (やはり涙声で)姉ちゃんの苦労話なんて今さら聞きたくねえよ、何で姉ちゃんの失恋の話が出てくるんだよ。姉ちゃんのなんかどうだっていいんだよ、姉ちゃんのなんか、姉ちゃんのなんか、姉ちゃんのなんか(と、ケータイのメールを読み)・・・・・・・・・・・(普通の声に戻って)姉ちゃん、これホントに失恋のメールなの?全然違うように思うんだけど。
アカリ ウソ。私あんたに読ませるメール間違えてたかな。(と、ヒカルの見ている画面を見つめて)あれ、間違ってない。
ヒカル これをどういう風に読めば嫌われたって思うの?俺どうも理解できないんだけど。
アカリ え、でも確かにここに書かれてるじゃない、「距離を置こう」って。
ヒカル ああ、ここ?確かにそういう風にも読めるけどさ。でもよく読んでみなよ。
アカリ でも確かに「距離を置こう」って。
ヒカル そうとは書いてないよ。一回読んでみるよ?
アカリ うん
ヒカル 「いつも心をかけてくれてありがとう。けれどごめん。今はどうしても君のことを考えてやることが出来ない。恋愛はしばらくやめよう。しばらく距離を置かせてほしい。」
間。
ヒカル 姉ちゃん。これさ、単に「別れよう」っていう内容のメールじゃないと思うよ。自分でもう一遍読んでみなよ。
ヒカル、アカリにケータイを手渡す。
ヒカル 姉ちゃん。多分だけど、姉ちゃん結構この人にべたべたと何かしてたんじゃないの?
アカリ うん。メールをたくさん送ってた。それで返信を待ってた。
ヒカル それだよ。それで受験勉強に集中できなかっただけなんだよ。だから「距離を置きたい」って言ったんじゃないのかな。でなければいきなりこんなメールを送らないと思うぜ?
アカリ ・・・そっか。そういうことだったんだ。私、全然理解できてなかった。だって何の説明もないんだもの。あまりに短すぎて。私、てっきり自分が嫌われてるのかと思ってた。
ヒカル それは飛んだ被害妄想だよ。男だったらね、嫌いだったらはっきりと「嫌い」って言うよ。普通。
アカリ そう、そういうもんなんだ
ヒカル そういうもんだよ。男ってのは。
アカリ そうなんだ。私って、馬鹿だね。何で向こうの気持ちを分かろうとしなかったんだろ
ヒカル それは言えてるかもな。
アカリ 何よそれ。もっと私に励ます言葉とかないの?
ヒカル 別に。
アカリ ひっどい
ヒカル (笑う)
アカリ でも、確かに私はやっぱ駄目だよね。だって、男の子の気持ちがわかってないんだもの。
ヒカル それは仕方がないことだと思うぜ。姉ちゃんは女なんだからさ
アカリ そうなのかな・・・
ヒカル そうだよ。知ってた?男の脳と女の脳って使い方が全然違うんだぜ?男は普段は左の脳しか使ってないんだけど、女はいつも両方の脳を使ってるんだ。
アカリ え、そうなの?
ヒカル うん。だから、違ってて当たり前なんだよ。
アカリ そっか。違ってて当たり前なんだ。
ヒカル うん。
アカリ ありがと。いいこと教えてくれて。なんか、ヒカルのおかげでまた一歩人間として成長できたような気がする。
ヒカル 何だよ、それ。
アカリ (にっこりと笑う)
ヒカル 何で笑ってんだよ
アカリ 笑ってちゃダメ?
ヒカル いや、別にいいけどさ。
アカリ (笑う)
ヒカル ・・・じゃ、もうそろそろ勉強してくるわ。
アカリ うん、頑張ってね
ヒカル ああ。
ヒカル、その場を去ろうとするが、
ヒカル (立ち止まって)ああ、そういえば一つ言うのを忘れてた。
アカリ なに。
ヒカル 誕生日おめでとう、姉ちゃん。
アカリ ・・・・・。
ヒカル、退場。
アカリ ・・・・ありがとう。
ケータイの着信音。
ケータイのメールを開くアカリ。
アカリ、そのメールを見てとてもうれしい表情になる。
アカリ ・・・・・・♪鈴と小鳥とそれからわたし みんな違ってみんないい♪
カナエ (声だけ)アカリー、ちょっと悪いけどこっちでお手伝いをしてくれない?
アカリ あ、はあーい
アカリ、退場。
おわり
挿入歌
金子みすゞ・詩 BANANA ICE・作曲
「私と小鳥と鈴と」(NHK教育テレビ「にほんごであそぼ」より)