AKBオタクの苦悩
登場人物
根本敦・・・AKBオタク。二十四歳。
香川勇太・・・敦の親友。二十四歳。
三村蔵之介・・・敦の親友。二十四歳。
根本幸子・・・敦の妻。二十四歳。
1
舞台は応接間。
舞台中央前には二つのソファーが、互いに向き合うように上下に置かれている。
その間に一つの小さなテーブルが置かれている。
舞台奥中央には、デスクが一つある。その上には、パソコンや辞書等が乱雑に置かれている。
敦、登場。彼は、何だかそわそわしている様子。
敦、ポケットから自分のスマートフォンを取り出し、電話を始める。
車の到着する音。
敦 「あっ、もしもし、敦だけど。今どこにおる?うん。もうそろそろ?えっ?今もう着いた?(正面をちらりと見て)あ、アレか。うん分かった。今そっちへ行くよ。」
敦、退場。
車の止まる音。
敦、勇太登場。
敦 「いやあ、忙しい中わざわざ来てくれてありがと。」
勇太 「随分久しぶりじゃないか?こういう風にお前んちに入るの。」
敦 「そうだね。」
勇太 「元気にしてたか?」
敦 「こっちはお陰様で、充実した毎日を過ごしてるよ」
勇太 「奥さんとはうまくやってるか?」
敦 「やってるやってる」
勇太 「それは何よりだ。」
敦 「時々、妻に気を遣わなくちゃいけない事は色々あるんだけど、まあ、それなりに楽しんで過ごせてるよ」
勇太 「ホウ。じゃあ何で、わざわざ俺をここまで呼んで来たんだい?」
敦 「まあその話は、後で追い追いするよ。お茶はいる?」
勇太 「まあ、せっかくだから。」
敦 「そう。じゃあお菓子も用意するよ」
勇太 「ありがと。」
敦、退場。
じっと彼の去っていく様子を見つめる勇太。
勇太 「後で追い追いするって。今日はそのために来たってのに。敦の奴、一体何考えてんだ?」
敦登場。敦はお茶菓子を乗せた盆を手にしている。
敦 「はい、お待たせしました」
勇太 「ああ、どうも。」
敦、テーブルの上にお茶とお菓子を置く。
勇太、それらが置かれる即座に、お菓子に手を伸ばす。
敦 「いやあ。改めて言うけど、わざわざ忙しい中どうもありがと。本当だったら仕事がまだあっただろうに」
勇太 「いいよ、そんな事は。」
敦 「言葉にできないよ」
勇太 「いや。」
少しの間。
勇太 「そろそろ、本題に入ってもいいんじゃないか?」
敦 「本題?」
勇太 「いや、俺もう学生じゃねえからさ、ここで少し、何というか。目的を整理したくて。」
敦 「なるほど。」
勇太 「お前、確か俺に、直接相談したい事があるから来てほしいって、メールに書いてあったよな」
敦 「うん」
勇太 「それ何。」
敦 「え?」
勇太 「イヤだから、その相談したい事って何なのかって聞いてるんだよ。」
敦 「ああ。」
勇太 「一体どうした。」
敦 「幸子さんはここにいないよね?」
勇太 「幸子さん?」
敦 「ああ。」
勇太 「お前の奥さんか」
敦 「そう。」
勇太 「見たところ、いないけど。」
敦 「そうか。じゃあ話すよ。」
勇太 「うん。」
敦 「あの、さ。俺、そろそろ卒業したくてさ。」
勇太 「卒業?」
敦 「俺、オタクをやめたいんだよ。」
勇太 「・・・ホオ~」
敦 「何だよ、そのフクロウみたいな声は」
勇太 「いや、つい。でもどうしたんだよ。つい最近まで、遊戯王を一緒にやって来た仲じゃんか。それをいきなりやめるって。」
敦 「違うよ。」
勇太 「え、違うって、何が。」
敦 「遊戯王をやめたい訳じゃないんだよ」
勇太 「ああ、そうなの。じゃあ何。」
敦 「俺、AKBオタクをやめたいんだよ。」
勇太 「・・・はあ~。ついにそういう時が来たか」
敦 「俺さ、もう妻もいるじゃん?だから、もう俺も、卒業したいんだよ。」
勇太 「なるほどな。いい心掛けだと思うよ」
敦 「うん」
勇太 「けれどどうして。」
敦 「え?」
勇太 「いや、あまりに唐突なもんだからさ。どうしてかなって。」
敦 「いやそれがさ、妻の幸子さんが大のAKB嫌いでさ」
勇太 「ああ、なるほど。そういう訳か。」
敦 「そう。」
勇太 「そりゃ大変だな」
敦 「そうなんだよ。」
勇太 「ちょっと待てよ。お前まさかそれだけのためにここに呼んだのか」
敦 「そうだよ?」
勇太 「電話でいいじゃんかよ~」
敦 「電話じゃ駄目なんだよ」
勇太 「どうして。」
敦 「だって決心がつかないというか、決意が鈍るからさ」
勇太 「そういうのが分かんねえよ。電話でもいいじゃねえかよ、電話でも。」
敦 「とにかく来てほしかったんだよう」
勇太 「分かった分かった、来てほしかったんだな?」
敦 「そう。だって俺ら、AKB守り隊の仲じゃん?」
勇太 「まあそうだな。」
敦 「あの時が懐かしいよな。俺らネット上でAKBのスキャンダルをかばうためにひたすら論争を繰り広げてさ。いやあ、懐かしい~」
勇太 「で、そんなお前が、AKBオタクを卒業するためにどうすればいいかを、ここで相談したいって訳なんだな?」
敦 「そう。」
勇太 「なるほど。」
敦 「どうすればいいと思う?」
勇太 「どうすればいいったって、そんなの簡単な事じゃんか。行動すればいいんだよ。」
敦 「行動?」
勇太 「そう、行動。」
敦 「例えば?」
勇太 「グッズを思い切って処分するとか。」
敦 「ああ、なるほど。」
勇太 「やりゃいいじゃん。これで卒業だ。」
敦 「やったよ」
勇太 「えっ?」
敦 「そんな事は、とうの昔にもうやった。」
勇太 「早いな、おい」
敦 「でも卒業できないんだよ」
勇太 「どうして。」
敦 「だって俺、オタクだから。」
勇太 「そのオタクをお前卒業したいんだろうが」
敦 「そうだよ、やめたいんだよ。」
勇太 「でも遊戯王はいいの?」
敦 「うん、遊戯王は続ける。」
勇太 「奥さんから了解得てるの?」
敦 「ああ。」
勇太 「得てるんだ。」
敦 「ああ、バッチリ。」
勇太 「いい奥さんだな、おい」
敦 「その代わり、AKBは卒業しなくちゃいけないんだよ」
勇太 「なるほどな、そういう事か。」
敦 「どうすればいいのかな・・・。」
勇太 「つまり何だ?それってAKBを好きになっちゃいけないって事か」
敦 「そういう事。」
勇太 「そりゃ無理があるよなあ」
敦 「でしょう?」
勇太 「でも奥さんの気持ちも分かる。」
敦 「そうだよね。」
勇太 「でも、まあ難しいよな。」
敦 「そうだよ。だから相談してんだよ」
勇太 「こりゃ時間がかかるぞ。」
敦 「大丈夫、幸子さんは買い物に行ってるから。」
勇太 「でもじきに帰って来るだろ?」
敦 「大丈夫だよ。もし来たら何とかごまかす。」
勇太 「どうやって。」
敦 「『お客さんが今日いきなり見えた』って。」
勇太 「それじゃ俺からお邪魔してきたことになるじゃんかよ」
敦 「頼むよ、この事は幸子さんにバレたくないんだ。もしバレたら余計オタクのイメージがつくだろ?」
勇太 「でも大の大人が何のために来るんだよ」
敦 「『遊戯王をやりに来た』ってごまかしとくよ」
勇太 「お前なあ」
敦 「頼むよ~、そこを何とか頼むよ。俺たち友達じゃんか~」
勇太 「まあいいんだけどさ。」
敦 「ありがとう」
勇太 「よし、じゃあ整理するぞ。まず、オタクのイメージを払拭させたいんだな?」
敦 「うん、そう。」
勇太 「それでAKBは駄目と。」
敦 「そう。」
勇太 「他のもんだったらいいワケ?例えばももクロとか、SKEとか」
敦 「それもダメ。」
勇太 「それじゃ随分キツイだろ。お前モノノフでもあったよな、ももクロの?」
敦 「ああ、モノノフ?アレはもう卒業したんだ」
勇太 「え?!」
敦 「ももクロはもう卒業したんだ。」
勇太 「え、だって、この前までCDやグッズばっか買い集めてたじゃんか」
敦 「ももクロは、もういいんだ。」
勇太 「どうして。」
敦 「だって、俺。幸子さんの方が好きだから」
勇太 「・・・いい旦那さんだな、おい。」
敦 「いや。」
勇太 「でもAKBは無理なんだ」
敦 「まあね。」
勇太 「まあ・・・そりゃあ、そうだよな。俺たちAKB守り隊を結成したぐらいだからな。ここで簡単に卒業出来たら大したもんだ」
敦 「でも、現実的にはしなくちゃいけないんだよ」
勇太 「困ったもんだな、奥さんも。」
敦 「いや、悪いのは俺なんだよ。ずっとAKBにとらわれてばっかでさ」
勇太 「ふうん。そうか。それは大変だな」
敦 「なあ、どうしたらいいと思う?」
勇太 「ももクロの時のようにやりゃいいんじゃねえの?」
敦 「やったよ。だからグッズ捨てたって言ってるじゃんか」
勇太 「それもそうか。」
敦 「どうすりゃいいんだろ。俺じゃ分からないんだよ」
勇太 「俺にも分からないよ。」
敦 「そこをなんとか。」
勇太 「ンなこと言ったって。・・・でもよ。何でAKB?」
敦 「え?」
勇太 「いや、だってAKBはよもや国民的アイドルじゃんか。彼女たちの歌を認める女性もたくさんいるよな?なのにどうして、敦の奥さんは駄目なんだろうなあって思ってさ」
敦 「それが分からないんだよ」
勇太 「だよな。」
敦 「うん。だから勇太、君の他にもう一人お願いして、来てもらう事になってるんだよ」
勇太 「え?誰かもう一人ここに来るの?」
敦 「そう。」
勇太 「誰が来るの?」
敦 「蔵之介だよ。」
勇太 「え?」
敦 「三村蔵之介。」
勇太 「ああ、蔵ちゃんか。AKB反対派の。」
敦 「そう。だから彼に聞けば、幸子さんの気持ちに沿えるような理想の行いが出来るかもしれないって思ってさ」
勇太 「なるほどな。えっ、ちょっと待てよ。じゃあ俺は?」
敦 「え?」
勇太 「何で俺はここに呼ばれたの?だって俺、典型的なAKBオタクじゃん。何で俺のような人をここへ呼んだのよ」
敦 「ああ、それは、ちゃんとした理由があるんだよ」
勇太 「どんな。」
敦 「いや、よくあるじゃん、政治の世界でも。いわゆる与党と野党だよ」
勇太 「は?」
敦 「だから、AKBオタクの視点から見る考え方も知りたいって事。反対派にばかり耳を傾けてたら、自分を押し殺すような事しかできないでしょ?その時に、俺の仲間にあたる人間の意見も多少は欲しいんだよ」
勇太 「はあ。」
敦 「だから頼むよ。もう少しここにいてほしいんだ、幸子さんが帰って来るまで。」
勇太 「いや、まあハナからいるつもりだったからいいんだけどね。見捨てるのもむごいし。」
インターフォンの呼び出し音。
敦 「あ、これは。(袖口の方を見る)」
勇太 「蔵之介か?」
敦 「多分。ちょっと見てくるよ」
勇太 「ああ、分かった。」
敦、退場。
ドアの開く音。
敦の声 「わざわざ来てくれてありがとね」
蔵之介の声 「いいよいいよ。お邪魔します」
敦の声 「あっちの部屋に入ってて。俺お茶入れるから。」
蔵之介の声 「うん。分かった。ありがとね。」
敦の声 「いやいや。」
蔵之介登場。
勇太 「よう、蔵之介。」
蔵之介 「あれ、勇太?久しぶりだな。お前も呼ばれたの?」
勇太 「そ。」
蔵之介 「こりゃ大規模な会議になりそうだな」
勇太 「どんな話するか知ってんの?」
蔵之介 「ま、大方ね。」
勇太 「ああ、そうなんだ」
蔵之介 「ま。以前とは違って、俺も忙しいからさ。」
勇太 「そうだよな。(お菓子を一つ取り上げて)食うか?敦が用意してくれたんだ」
蔵之介 「そうか。じゃあ頂くとするか。」
蔵之介、ソファーに座ってお菓子を食べ始める。
敦、お茶を乗せた盆を持って登場。
敦 「ホントごめんね、忙しい中来てもらって。」
蔵之介 「いいよいいよ」
勇太 「二人がかりでないと無理なのかよ、お前。」
敦 「なかなか重症でさ。」
勇太 「なるほど。」
蔵之介 「で、話ってのはアレだろ?メールに書かれてた、例の相談事だろ?」
敦 「そう。」
蔵之介 「どんな相談事なの」
勇太 「なあに、そんな大した相談事じゃねえよ」
蔵之介 「そうなの?」
勇太 「(敦を指さしながら)コイツ、オタクをやめたいんだってさ」
蔵之介 「えっ、マジで?」
敦 「うん。やめたいんだ」
蔵之介 「遊戯王やめるの?」
敦 「いや、遊戯王は続ける」
蔵之介 「どういう事?」
勇太 「敦がやめたいのは、AKBなんだと。」
蔵之介 「AKB?」
勇太 「奥さんが大のAKB嫌いなもんだから、コイツ気を遣って、いっそオタクを卒業したいんだってさ」
蔵之介 「ハア、それで。」
勇太 「俺らが呼ばれたって訳よ」
蔵之介 「ハアハアハア」
敦 「どうしたらいいと思う?」
蔵之介 「そりゃアレだよ。足もとから見つめるしかないだろ」
敦 「足もとから。」
蔵之介 「そ。例えばグッズを思い切って捨てるとか。」
敦 「もう捨てた。」
蔵之介 「あ、そう。じゃあCDやDVDボックスを売っちゃうとか」
敦 「いやあ、もう売った。」
蔵之介 「じゃあどうしようねえ。」
敦 「だから相談してるんだってば。」
蔵之介 「ええ?それでもまだお前の奥さん、AKBを嫌ってんの?」
敦 「俺が日頃からAKBにばかり目を向けてきたもんだから、もうアレなんだよ。その程度じゃ許してもらえないんだよ」
蔵之介 「つまり嫌いになれって事か、AKBを。」
敦 「そういう事だと思う。」
蔵之介 「それ辛いだろ」
敦 「勿論つらいよ。」
勇太 「その上での相談なんだよな?」
敦 「そういう事なんだよ。蔵之介。キミ反対派の立場としてどう思うか、率直に話してほしい。」
蔵之介 「ハア、ハア、ハア。なるほどな。これは大変なもんだな、お前にとっては。でもそれって、もう選ぶしかないって事なんじゃね?」
敦 「選ぶ。」
蔵之介 「奥さんかアイドルかだよ。ユアワイフ、オアアイドル。」
敦 「そんな。」
蔵之介 「仕方ないだろ。もうやれる事は全部やったんだろ?」
敦 「ああ、物理的には。」
蔵之介 「じゃあ心理面で選ぶしかないじゃないか」
敦 「そりゃそうだけどさぁ~」
蔵之介 「仕方ないだろ?お前奥さんを幸せにしたいんだろ?」
敦 「当たり前だよ、したいに決まってる」
蔵之介 「だったら選びようがないだろ。AKBを諦めろよ」
敦 「それが無理なんだよ」
蔵之介 「どうして。」
敦 「だって俺、AKBが好きだから」
蔵之介 「じゃあ奥さんは。」
敦 「同じぐらい愛してるよ」
蔵之介 「どっちかにしろよ、もう」
敦 「分かってるよ。だから君を呼んだんだよ」
勇太 「敦。お前ホント苦労しとるんだな。」
蔵之介 「(敦に向かって)君ねえ。アイドルってのは愛人に飢えた男共をターゲットにして金儲けする輩なんだよ?だから君の場合はもう必要ないでしょ、奥さんがいるんだから」
敦 「必要はないよ」
蔵之介 「じゃあやめなよ」
敦 「それが出来ないんだよ」
蔵之介 「じゃあ奥さんを見捨てるのか?」
敦 「それはもっと出来ない」
蔵之介 「だろ?だったら諦めるしかないんだよ。AKBなんてさ、もう時代遅れなんだからさ」
勇太 「何だと!」
蔵之介 「ごめん、さすがに言い過ぎた」
敦 「蔵之介。今やっと分かったよ。俺、お前を相談相手にするべきじゃなかった」
蔵之介 「そう言ってもらいたかったから相談してほしかったんじゃないの?」
敦 「違うよ」
蔵之介 「じゃあ何。」
敦 「いや、何かさ。理想を言えばだよ?俺が台所でAKBの名曲を流して、それを料理しながら聴いてる幸子さんが、『この曲、とてもいい曲ね』っていう感じに言ってくれて、和気アイアイとしてて。」
蔵之介 「それが出来ないからこうして悩んでるんでしょ?」
敦 「そりゃそうなんだけど。」
蔵之介 「絵に描いた餅を並べるのはもうやめにしなよ」
敦 「だってさあ」
蔵之介 「だって何。」
敦 「俺、AKBオタクだもん」
蔵之介 「お前さあ。」
勇太 「まあまあ蔵之介。少しは敦のオタク心を分かってやれよ」
蔵之介 「オタク心って何だよ」
勇太 「いや、だからさ、もう少し理解してやれよって事だよ」
蔵之介 「俺がそれを理解した所で事態は変わらないだろ?」
勇太 「そりゃそうだけど。」
蔵之介 「現実と向き合いなよ。僕から言える言葉は、それしかない。」
敦 「そんな。」
蔵之介 「だってさ、他に何て言えばいいワケ?」
敦 「それもそうだけどさ」
蔵之介 「だけど何。」
敦 「もう少し婉曲的と言うか、物優しい言い方でアドバイスしてほしかったなあ」
蔵之介 「物優しい言い方って」
敦 「だって、今までの自分の価値観を覆されるような事される時、普通みんな、大抵怒るじゃんか」
蔵之介 「どういう事?」
敦 「つまり、否定されると大抵怒るでしょって事」
蔵之介 「ああ」
敦 「僕の求めてた答えはね、実は単純なもんなんだよ。例えばAKBの事を認めてくれない彼女に分かってもらえるように説得してくれるとか、例えば『大丈夫。君はありのままでいいんだよ』って励ますとか。」
勇太 「あれ?確かお前AKBを卒業したいんじゃなくて?」
敦 「例えばだよ、例えば。」
勇太 「ああ。」
蔵之介 「話が見えてこんなぁ~。結局、敦はどうしたいの?」
敦 「え?」
蔵之介 「だから、結果的に敦は、どういう理想を持っての。」
敦 「いや、それは」
蔵之介 「うん。」
敦 「・・・結果的には、やっぱり、オタクをやめたいんだよ」
蔵之介 「やめたいんだな?」
敦 「うん。」
勇太 「でも遊戯王は続ける」
敦 「そう。」
蔵之介 「中途半端だな」
敦 「人生の半分はオタクとして生きてきたようなもんなんだよ?いきなりは無理だよ」
蔵之介 「奥さんはOK出してるの?」
敦 「ああ、遊戯王については妥協してくれてる。」
蔵之介 「そうか」
敦 「でも、どうしてもAKBだけは認めてくれないんだ」
蔵之介 「そりゃそうだろうな」
敦 「どうしてなのかな」
蔵之介 「だってミニスカだし、ブリッ子だし。」
敦 「そこがいいんだよ~」
蔵之介 「お前、ホントにオタクだな」
敦 「お前だってオタクだろ、ガンダムオタク」
蔵之介 「ガンダムは崇高なる作品だぞ、否定するな!」
敦 「否定してないから!」
勇太 「まあ、まあまあまあまあ落ち着こうぜ。オタクがオタクの悪口言ってどうすんだよ。ここはオタクらしくさ、一緒に仲良くやっていかなくちゃ」
蔵之介 「他人事のように言ってんじゃねえぞ、遊戯王オタク!」
勇太 「遊戯王を否定するな!」
蔵之介 「いや、そうは言ってないでしょ」
勇太 「でもそう聞こえた!」
敦 「やれやれ、人の事言えたもんじゃないね。」
勇太・蔵之介 「は?」
敦 「ごめん、つい。」
勇太 「それにしても敦。お前ホントにやめられるの?AKBを否定出来るワケ?」
敦 「それが出来ないからこうして相談してるんだよ」
勇太 「そりゃそうか」
敦 「何度も言わせないでくれよ」
勇太 「ワリィワリィ。けどさお前、俺らに相談したところで何か変えられたら、そりゃ有効というか、意味があるとは思うよ?けどここ数分のお前の話聞いてると、お前捨て切れてないようにしか思えないんだよ」
敦 「捨て切るって」
勇太 「それぐらいの覚悟せんとな、オタク卒業なんてできないだろ」
敦 「そりゃそうだけど。」
勇太 「だろ?だったらそれを実践するしかないのは目に見えてるだろ」
敦 「分かってるよ!」
勇太 「・・・。」
蔵之介 「・・・・・・。」
間。
蔵之介 「奥さんを持つのって、大変なもんだな。」
敦 「え?」
蔵之介 「だって、自分の趣味を押し殺さなくちゃいけないんだろ?」
敦 「まあね。」
蔵之介 「そもそも、オタクって何をもって『オタク』って言うんだろうねえ」
勇太 「さあな。別に俺らが自分で名乗ってるわけじゃないからな」
蔵之介 「そうだよな。自分で名乗ってないから、何か『オタク』って言われると、あまりいい気分しないんだよな」
勇太 「『作家』だったらいい気分になるんだけどな」
蔵之介 「あ、分かる分かる」
勇太 「でも作家も、オタクと共通してる所あるよね」
蔵之介 「例えば?」
勇太 「一つの事に徹底的に集中する事。」
蔵之介 「ああ~」
勇太 「分かるだろ?」
蔵之介 「うん、分かる分かる」
勇太 「俺さ、個人的に思うんだけど、オタクっていうのは二つ分類できると思うんだよ。一つは、意志の強いオタク。もう一つは、意志の弱いオタクだわ」
蔵之介 「面白いくくり方するなぁ。」
勇太 「作家っていうのはさ、実はオタクのくくりの中にある部類だと思うんだよね」
蔵之介 「ああ、それが意志の強いオタクになるって事か」
勇太 「お、よく分かってるじゃ~ん」
敦 「あの、ちょっと待って。何か、話ドンドンずれてない?」
勇太 「いやいや、つながってるよ」
敦 「どこが?!」
勇太 「いや、オタクというのが一般でどう定義されているかをここで確認する事で、敦のAKBオタクをいかに根本から解消できるかを考えるもとにしようと、」
敦 「そんな話の展開にはなってなかったでしょ、明らかにただのおしゃべりだったでしょ?」
勇太 「違うよ」
蔵之介 「ともかく、無駄話だろうが何だろうが俺たちは、お前のために話し合いをしてやってんだぞ」
勇太 「そうだそうだ」
敦 「どうもすみませんでした」
蔵之介 「そういえばさ、一つ疑問に思ったんだけど。」
敦 「なに?」
蔵之介 「アイドルでもさ、今はいろんなアイドルがいるじゃん、ピンからキリまで。それに秋元康の歌を聞きたい分だったらさ、別にSKEでもいいわけだし、NMBだってHKTだってある訳でさ。それなのにどうして、君はAKBにこだわるの?」
敦 「・・・。」
蔵之介 「何か理由があるのか?」
敦 「・・・それは。」
幸子の声 「ただいまあ。」
扉の開く音。
一同、一斉に驚く。
敦 「幸子さん!?」
勇太 「しまった、長居しすぎたか」
蔵之介 「敦、まずいよ。俺たちどうすりゃいいんだよ」
敦 「大丈夫、うまくごまかすから」
幸子の声 「敦さん?敦さ~ん」
敦 「(袖口に向かって)はい幸子さん、お帰りなさあい」
幸子の声 「あら、応接間にいるの?」
敦 「そう、お客が見えてさ。ちょっと遊戯王の用事でね」
幸子の声 「あっ、そうだったの。」
敦 「そう。」
間。
安堵のため息をつく一同。
蔵之介 「遊戯王はねえだろ」
敦 「これしかなかったんだよ。」
蔵之介 「でも。」
敦 「それぐらいしかつじつまが合わせられないだろ。」
蔵之介 「まあ、そうだけど。いっそ正直に話せばいいじゃんかよ」
敦 「余計な心配かけさせたくないんだよ」
蔵之介 「そりゃそうだけどさ」
勇太 「これからどうすんだよ。奥さんには知られたくないだろ、俺らのこの会話。」
敦 「そうだな。」
勇太 「一時退却とするか?」
蔵之介 「そうするしかないよな」
敦 「でも。」
勇太 「大丈夫。相談の続きには応じるよ。夜にスカイプで会議しようぜ」
蔵之介 「ああ、そうしよう」
勇太 「夜の八時でいいか?」
蔵之介 「俺は夜の八時でもいいよ。敦はどうだい?」
敦 「ごめんよ、ホントに。」
勇太 「いいよいいよ。(蔵之介に向かって)なあ?」
蔵之介 「そうだよ」
敦 「かたじけない。」
勇太 「それじゃ、夜の八時にな。」
敦 「ああ。」
勇太 「OK。じゃ、とりあえず。」
敦 「ホントにありがと」
勇太 「いやいや」
蔵之介 「いいって事よ」
勇太、蔵之介退場。
間。
ため息をつく敦、お菓子に手を伸ばす。
勇太の声 「お邪魔しました。」
幸子の声 「あ、は~いお気をつけて。」
扉の閉まる音。
幸子、登場。
幸子 「敦さん。今日も遊戯王してたの?」
敦 「うん。ごめんね、いつも遊んでばっかりで。」
幸子 「んーん大丈夫。私はもう慣れたから。それに、約束したから。」
敦 「・・・。」
しばしの沈黙。
幸子 「ちょっと、私ももらっていい?」
敦 「え。」
幸子 「お菓子。もらっていい?」
敦 「えっ、あ、ああ。」
幸子、敦と向き合うようにしてソファーに座り、お菓子を食べ始める。
敦 「幸子さん。」
幸子 「え?」
敦 「いつも、ごめんね。ボクまだオタク癖が直せてなくて。」
幸子 「・・・。」
敦 「ボク、必ず直して見せるから。遊戯王は無理だけど、せめて君が苦手としてるものだけは、しっかりとやめるから。」
幸子 「・・・。」
敦 「幸子さん。」
幸子 「私、夕ご飯の準備に行ってくるね。小腹も満たして、エンジン満タンになったところだし。」
敦 「幸子さん・・・」
幸子 「待っててね。すぐ夕ご飯作るから。」
敦 「・・・ありがと」
幸子、退場。
敦、彼女の去る姿をただ呆然と見つめている。
敦 「(傍白)幸子さん。ごめんよ。僕は君の期待にまだ応えきれてない。自分を変えなくちゃいけないことは分かってる。そんな事は百も承知だ。僕は、今まで君のためにいろんな事を変えてきた。ヴァンガード、デュエマ、モノノフ。あとカラオケでアイドル系の歌を選ばないようにもなった。けれど変えられない。僕にはどうしても変えられないものがある。それはAKBだ。僕は根っからのオタクだったのに、君はそんな僕を愛してくれた。そして僕の妻として、結婚までしてくれた。僕は君を愛してる。これは嘘じゃない。けど、ごめん幸子さん。僕は君を想うのと同じぐらいに、AKBが好きなんだ。君はAKBの『A』と『K』を聴いただけですごい反応するけど、彼女たちだって立派な歌手だ。そしてその夢を実現するために四苦八苦してきた女の子たちなんだ。幸子さん。僕は君が好きだ。君を愛してる。けれど君一人だけに集中する事は出来ない。何でか出来ないんだ。僕は、君のために生きていくと誓った。あの時確かに、僕はそう誓った。そして実践した。忘れる事が出来た。卒業できた。だけどどうしても、AKBだけは、忘れられないものがあるんだ。AKBオタクを、どうしても卒業できない。なぜなら、何故なら僕は彼女たちのおかげで、今があるからなんだ」
敦、舞台奥のデスクの方に向かい、イスに腰かける。
パソコンを開く敦。
パソコンの起動する音。
勇太、登場。勇太はスマートフォンを手にしている。
勇太 「どうすんだよ、敦。お前ホントに幸子さんの事が好きなのか?」
敦 「ああ、好きだよ。愛してるよ」
勇太 「だったらもう、いっそ忘れた方がいいよ。お前卒業したいんだろ、AKBを。」
敦 「ああ。けれど、やっぱり、無理だよ。AKBはどうしても変えられないんだ」
蔵之介、登場。彼もスマートフォンを手にしている。
蔵之介 「遊戯王は許してくれるんだろ?」
敦 「ああ、何とか。」
蔵之介 「でもAKBは許してもらってない」
敦 「そう。」
蔵之介 「どうしてもやめられないのか」
敦 「ああ、どうしても。」
蔵之介 「そうか。」
勇太 「だとしたら、これは正直に話すしかないんじゃないか?君の奥さんに。」
敦 「それはできないよ。彼女には受け容れられないよ、そんな事」
勇太 「受け容れられなくても、コレが現実なんだから仕方ないだろ」
敦 「けど、」
勇太 「現実と向き合うしかないだろ。お前はオタクだ。そんなお前が奥さんを持った時点で、この運命は定まってたんだよ」
敦 「そうだと思うよ。そうだと思ってるよ。でも、」
蔵之介 「敦。俺もそう思うよ。奥さんに正直に話しなよ。もうこれ以上話し合いをしたところで時間の無駄だよ。俺たちだって以前とは違うんだ。出来ればお前のために時間を費やしてやりたい。けど、どれだけ俺たちが時間を費やしても、俺たちがどんなに君にアドバイスしても、最後に決めるのは君自身だ。」
勇太 「オタクを卒業できないから悩んでるんだろ?違うのか?」
敦 「けど、」
勇太 「自分に正直になれよ!」
敦 「・・・・・・。」
勇太 「ごめん。」
敦 「・・・いいよ。君らの言ってる事は正しい事だから」
蔵之介 「敦。」
敦 「分かった。話してみるよ。幸子さんに正直に、話してみるよ。僕はやっぱり、AKBオタクはやめられない。それにはちゃんとした理由があるんだって、正直に話すよ。」
勇太 「よくぞ言った!」
蔵之介 「ここから道が開けるといいな。」
敦 「ああ。だけど、二人にお願いしたい事があるんだ」
勇太 「何だい?」
敦 「近くで見守っててほしいんだ」
蔵之介 「え?」
敦 「またウチに来て、今度は僕の事を見守っててほしいんだ」
蔵之介 「どうして?」
敦 「怖いんだ」
蔵之介 「怖い?」
敦 「自分自身が、怖いんだ。AKBにとらわれてる自分と向き合うのが、怖くて怖くて仕方がないんだ。だからお願いだ。僕のためにまた来てくれないか?」
勇太 「敦。それは」
敦 「一生のお願いだ、頼む!」
勇太・蔵之介 「・・・・・・。」
間。
勇太 「分かった。じゃあ、行くよ。」
敦 「ホントに?」
勇太 「ああ。蔵ちゃんも行くだろ?」
蔵之介 「・・・ああ。行ってやるよ。」
敦 「ありがとう!恩に着るよ」
蔵之介 「いいって事よ」
勇太 「だって俺たち、友達じゃんか」
蔵之介 「そうそう」
敦 「二人共。ホントにありがとう!」
暗転。
2
舞台は前場に同じ。
勇太と蔵之介、そして敦はソファーに座っている。
勇太 「頑張れよ。」
敦 「無理だよ。」
勇太 「自分に素直になれよ」
敦 「やっぱり、幸子さんの事を想うと無理だよ。」
勇太 「お前なあ~」
蔵之介 「どうして話せないんだよ」
敦 「だって、幸子さん傷つくじゃないか」
蔵之介 「そりゃあ傷つくだろうよ。自分の他に好きな女がいるとなれば、そりゃまあ~、ショック受けるよ。」
敦 「AKBに恋してるわけじゃないよ。愛してるだけ」
蔵之介 「それだよ。それがとんでもない誤解を招くんだよ」
敦 「ンなこと言ったって、ホントの事なんだから仕方ないでしょ?」
蔵之介 「じゃあそれをそのまま彼女に言うのか」
敦 「それはできないけど。」
蔵之介 「だろ?」
敦 「それが出来たら苦労はしないよ」
勇太 「この前の勢いはどうしたんだよ」
敦 「いやあ、スカイプだとさ、何か普段とは違う人格になるというか、何か力が湧くんだよね」
勇太 「何だよそれ」
敦 「ごめんよ。二人とも忙しい中来てくれてるのに、こんな感じのダメ男で。」
勇太 「まあいいよ。だって俺たちは」
蔵之介 「ホントだよな」
勇太 「おい。」
蔵之介 「だって、一度は奥さんに話をするって言ってたじゃんか。それが何だよ。奥さんを傷つけたくないからってまた気弱になりやがって」
勇太 「蔵之介。」
敦 「僕だって悩んでんだよ」
蔵之介 「それは見てて分かるわ」
敦 「キミには分からないんだよ。僕の置かれてる状況がどれだけ苦しいかがさ」
蔵之介 「ああ、全く分からないね。」
敦 「独身だもんナ。」
蔵之介 「帰ってもいい?」
敦 「ごめん、言い過ぎた。悪かったよ」
蔵之介 「・・・。」
勇太 「まあ、分かるよ。正直に話しづらいのはよく分かる。自分が拠り所とした崇拝対象だったもんな。」
敦 「崇拝というか。」
勇太 「崇拝のようなもんじゃねえかよ。お前、今でもAKBのCDたくさん買って、総選挙に行ってんだろ?」
敦 「まあ、そうだけど。」
勇太 「そりゃ立派な崇拝行為だよ。典型的なオタクのやる行為だよ」
敦 「僕の場合は、そういうのじゃなくてさ」
勇太 「じゃあどういうのなんだよ」
敦 「いや、その、だから、ただAKBを応援したいだけなんだよ」
勇太 「話の通じない奴だな。それを崇拝って言ってんの、AKBオタク。」
敦 「君だってオタクじゃないか」
勇太 「お前ほどじゃない」
敦 「君ってそんな程度のオタクだったの?」
勇太 「お前が行き過ぎてるんだよ」
蔵之介 「まあまあ、お前ら同じオタク同士なんだからよ、仲良くしなよ」
勇太 「うるせえんだよ、ガンダムオタク!」
蔵之介 「ガンダムを否定するな!」
勇太 「否定はしてねえよ!」
敦 「分かった、分かったよ。仲良くするから。仲良くするから。」
蔵之介 「・・・。」
勇太 「・・・。」
敦 「ホントにごめんよ、二人共。僕の意志が弱いばっかりに。」
蔵之介 「いや。まあいいよ。そりゃ、俺だってガンダムを否定されるのはイヤだからな。自分の思っている事を素直に言うのって、難しいもんだよ」
勇太 「奥さん、いつ帰って来るんだっけ。」
敦 「夕方には大抵帰って来るんだけど。」
勇太 「マズイな、こりゃ。」
敦 「ああ~どうしよう~」
蔵之介 「いつまでもイジイジしてても始まらんよ」
敦 「だけど。」
勇太 「あ、そうだ!シミュレーションをしよう」
敦 「シミュレーション?」
勇太 「そう。お前が奥さんとする面談のシミュレーションだよ」
敦 「なるほど、シミュレーション。」
勇太 「どうだ、蔵之介。このアイデア。」
蔵之介 「めっちゃいいやん。早速やろうよ」
勇太 「ああ」
蔵之介 「やろうやろう!」
敦 「ちょっ、ちょっと待ってよ」
勇太 「何だ。」
敦 「まだ心の準備が出来てなくて・・・。」
勇太 「お前は女か!」
蔵之介 「しっかりしろよ、敦」
敦 「無理だよ」
蔵之介 「どうして。」
敦 「だって、オタクなんだもん」
蔵之介 「そのオタクを卒業したいんだろ!」
敦 「そうだよ!」
蔵之介 「だったらハヨやろうぜ」
勇太 「ああ。やろうよ」
敦 「それは無理だってば」
勇太 「どうして?」
敦 「だって、まだ対策が練れてないじゃないか」
勇太 「対策???」
敦 「ほら、受験ってのは傾向と対策をよくするでしょ?だからそれと同じように、幸子さんについての傾向と対策をしっかりしなくちゃ」
勇太 「お前ら夫婦なんだろ?」
敦 「そうだよ?」
勇太 「じゃあそんなの分かったもんだろ」
敦 「それが分からないんだよ」
勇太 「分からない?」
蔵之介 「夫婦ってそんなもんなのか」
勇太 「ワリィ、ちょっと黙ってもらってていい?」
蔵之介 「ああ、ごめん。」
勇太 「傾向と対策を練らなくちゃやれないの?」
敦 「うん」
勇太 「本当にそれをやらないとやれないの?」
敦 「うん」
勇太 「じゃあやるしかないか」
敦 「悪いね。」
勇太 「いや、別にいいけど。・・・でも傾向って、どういう傾向を知りたいワケ。」
敦 「それは、やっぱり質問内容だよ」
勇太 「質問内容?」
敦 「例えば、好きな食べ物は何ですか、とか。」
勇太 「就職活動じゃないんだからさ。普通そんなのわざわざやらなくてもシミュレーションできたりしねえか?」
敦 「出来ないよ」
勇太 「お前それでも夫か!」
敦 「ホントにわからないんだよ!」
勇太・蔵之介 「・・・・・・。」
勇太 「分かった、悪かった。じゃあ一緒に考えよう。奥さんの質問する傾向を、一緒に考えよう」
敦 「ごめんよ、ホントに。」
勇太 「いいよ。まず、お前がAKBをやめられない事を話すとするだろ?それで次に出てくる質問としたら・・・」
敦 「理由を尋ねる」
勇太 「そう、理由を尋ねる。まずはその質問に対しての答えを用意しないといけないな。」
敦 「そうか。」
勇太 「どうしてなの。」
蔵之介 「そうだ、どうしてだよ」
敦 「それは、その・・・」
勇太 「ゆっくりでいいから。素直に話してごらん。」
蔵之介 「そうそう。」
敦 「・・・分からない。」
勇太 「え?」
敦 「どうしてAKBがやめられないのかが、自分でも分からない。」
蔵之介 「お前。」
敦 「ホントにわからないんだよ。何で彼女たちの事が忘れられないのか。何で彼女たちの事が好きでたまらないのか。さっぱり分からないんだ。なあ勇太。『好き』って何なの?好きなものに理由なんて必要なの?理由のある『好き』なんてあるの?俺、分からないんだよ、本当に。幸子さんがAKBがキライなのは分かる。自分を変えなくちゃいけない事もよく分かる。けど、俺、俺・・・やっぱり無理なんだよ。限界なんだよ。」
勇太 「・・・・・・。」
敦 「理由を話すって、難しいよね。こんなんじゃ駄目だ」
勇太 「いや、それでいいと思う。」
敦 「え?」
勇太 「それを話せばいいんだよ。今お前が俺たちにぶつけたようにさ、この素直な気持ちを、ありのままにぶつけりゃいいんだよ。」
敦 「いいのかな。」
勇太 「大丈夫。お前を愛してる奥さんなんだから。」
蔵之介 「(頷く)」
敦 「・・・分かった。やってみるよ。」
勇太 「その意気だ。それさえあれば、もうシミュレーションはできたようなもんだ」
敦 「うん。」
蔵之介 「(正面の方を見て)あ、噂をすれば来たぞ」
勇太 「奥さんか?」
蔵之介 「ああ。」
勇太 「グッドタイミングだな。」
扉の開く音。
幸子の声「ただいまー。」
敦 「幸子さん、お帰りなさあい」
幸子の声 「あ、敦さん?悪いけどこっちに来てもらっていいかしら。ちょっと手がふさがってて」
敦 「ああ、今行くよ。」
敦、退場。
勇太と蔵之介は、袖口にいる敦と幸子のやり取りを見守っている。
幸子の声 「これ、今日買ってきたお菓子。今お客さんが見えてるんでしょ?」
敦の声 「ああ、そうだけど。」
幸子の声 「ごめんなさいね、遅くなっちゃって」
敦の声 「いやいや、いいよ。こっちは大丈夫だから。それより幸子さん」
幸子の声 「お客さんはどこにいらっしゃる?」
敦の声 「ああ、応接間だよ。」
幸子の声 「あらそう。ちょっとあいさつしなくちゃ。」
敦の声 「ああ、ああ・・・」
幸子登場。その後に続いて、敦がお菓子を持って登場。
幸子 「ようこそいらっしゃいました。」
蔵之介 「いや、お恥ずかしいです。この年頃になってまだ遊戯王にふけって」
幸子 「いいんですよ、お仕事も大変でしょうに。たまにはこうして息抜きされた方がいいに決まってます」
蔵之介 「いやあ、恐縮です」
幸子 「ささやかなものですが、お菓子を用意いたしました。どうぞお召し上がりください」
勇太 「いやあ、ありがとうございます。」
幸子 「では、私はこれで。」
勇太 「あああああ」
幸子 「どうされましたか?」
勇太 「・・・いやあ。お恥ずかしい話ではありますが、一つお願いがありまして。」
幸子 「何ですか?」
勇太 「俺たち、その、カードを広げたいんですね。その、デッキを組みたくて。」
幸子 「デッキ?」
勇太 「ほら、ここじゃ広げづらいじゃないですか。だから、別の部屋でやりたいんですけど。」
幸子 「ああ、なるほど。」
勇太 「よろしいでしょうか」
幸子 「ええ、大丈夫です。」
勇太 「ありがとうございます。」
幸子 「突き当りで右に曲がって下さい。すると和室がありますから。」
勇太 「はい」
勇太、退場。
蔵之介 「僕もいいですか?」
幸子 「あなたも?」
蔵之介 「ええ、カード広げたくて。」
幸子 「いいですけど。」
蔵之介 「ありがとうございます。」
蔵之介、敦の持っているお菓子を取り上げ、彼の肩の上に強く手を置く。
そして急ぎ足で蔵之介は退場する。
間。
敦 「幸子さん。僕、」
幸子 「あ、ごめんなさい。話途中だったね。どうしたの?」
敦 「いや、僕。・・・幸子さんに話さなくちゃいけない事があるんだ。」
幸子 「お客さんはいいの?」
敦 「いいんだ」
幸子 「駄目よ。来てくれたお客さんに申し訳ないじゃない」
敦 「いいんだよ。」
幸子 「どうして。」
敦 「実は、遊戯王に来たわけじゃなくて、僕だけのために来てくれたからなんだ。」
幸子 「え?」
敦 「ごめんよ、幸子さん。ボク嘘をついてたんだ」
幸子 「嘘?」
敦 「二人共、僕がこうして君に素直に話せるように、わざわざ来てくれてたんだ。忙しい中にも関わらず。」
幸子 「じゃあ、こういう事?あの人たちはあなたを応援するために来たって事?」
敦 「そう。」
幸子 「ここに来られた目的は遊戯王じゃないって事?」
敦 「そうだよ。」
幸子 「・・・え?ちょっと、分からないんだけど。どうして?どうして敦さん、そうまでして。」
敦 「まず、座ろ。」
幸子 「・・・。」
ソファーに腰かける幸子と敦。
二人は、じっと向かい合っている。
幸子 「どうしたの、敦さん。話さなくちゃいけない事って。」
敦 「ああ。それが・・・その。」
幸子 「うん。」
勇太と蔵之介、物陰でひっそりと見守っている。
敦 「正直に話すよ。僕、無理なんだ。」
幸子 「無理?」
敦 「どうしても、出来ないんだ。」
幸子 「出来ないって、何が?」
敦 「オタクを卒業できないんだ。」
幸子 「え?・・・ああ。遊戯王の事ね?それは大丈夫だって。私、前にも話したじゃない。遊戯王はいいよって。」
敦 「違うんだ」
幸子 「え?」
敦 「僕が言ってるのはそっちの方じゃない。」
幸子 「どういう事?」
敦 「僕が言ってるのは遊戯王の事じゃなくて、・・・AKBの事なんだ。」
幸子 「・・・。」
敦 「幸子さん。ごめん。僕やっぱり、彼女たちを見捨てられない。僕にはやめるだけの勇気がないんだ」
幸子 「・・・ええ?ちょっと待ってよ。それじゃ敦さん」
敦 「分かってる。分かってるよ。自分の言っている意味は、じゅうぶん分かってるつもりだ。」
幸子 「だったら、どうして・・・」
敦 「本当に、ごめん。」
しばしの沈黙。
幸子 「そんなにあの人たちの事が好きなわけ?」
敦 「分からない」
幸子 「好きでもないアイドルにずっととらわれてるワケ?」
敦 「そういう事じゃない」
幸子 「じゃあ、どういう事?」
敦 「幸子さん。僕は幸子さんを愛してる。それは君もよく知ってるはずだ。だけど、僕はオタクなんだ。根ッからのオタクなんだ。申し訳なく思ってる。本当に申し訳なく思ってるよ。何度も諦めようとしたんだ。でも駄目だった。僕は、やっぱり、僕は・・・彼女たちに支えられてきた人間なんだ。彼女たちからいつも力をもらってきた人間なんだ。だから、」
幸子 「オタクを続けるの?」
敦 「ああ。」
幸子 「(苦笑いしながら)あーあ。私、どうしてあなたの事が好きになっちゃったんだろ。分かんなくなってきちゃった・・・」
敦 「僕は、ただAKBが好きだからオタクをやってるんじゃない」
幸子 「じゃあ何。」
敦 「彼女たちが見捨てられないから、オタクを続けるんだ。」
幸子 「見捨てられない?」
敦 「あの人たちは歌だけで生活してる人たちなんだよ」
幸子 「それだけの理由で、CDを無駄に多く買ったりグッズを買ったりしてるの?」
敦 「それが彼女たちのためになるんだ」
幸子 「それは違うよ。ただの自己満足じゃない」
敦 「自己満足なんかじゃない」
幸子 「自己満足よ!だって、だって歌で食べていけてる歌手なんて何人いると思ってるの?皆自分の趣味で食べていけたらいいに決まってるわよ。けど現実は違う。ねえ、お願いだから目を覚まして。お願いだから!」
敦 「幸子さん」
幸子 「ねえ、どうしてAKBなの?世の中にはたくさんいい曲なんてあるじゃん。何でAKBなの?アイドルなんて食べていけなくて当たり前なんだからさ、別にあなた一人の力でどうなるってもんじゃないでしょ?」
敦 「幸子さん、それは。」
幸子 「答えてよ、正直に答えて。本当は私じゃ不満なんでしょ?」
敦 「そんな事ない」
幸子 「だったらどうして?どうして私が『やめてほしい』って言ってる事をやめてくれないの?」
敦 「やめたいよ。やめたくてやめたくて仕方がないんだよ」
幸子 「じゃあどうして!」
敦 「・・・僕にも分からないんだ。どうして彼女たちの事がそんなに忘れられないのか。以前までははっきりと覚えていたのに、今じゃ思い出せないんだ。ただ、僕はAKBがただ好きだからオタクになってたわけじゃない事は確かだ。それは本当なんだ」
幸子 「何それ。」
敦 「・・・。」
幸子 「ワケ分かんない事言わないでよ。あなたには分からないでしょうね。あの人たちの事を想うあなたの目は、いつも向けている私への目つきとは随分違うの。今のあなたの目には何が映ってるの?本当に私の事を想ってるの?」
敦 「想ってるよ」
幸子 「本当に想ってるんだったらあの人たちと関わらないで」
敦 「そういう風に努力はした。けれど駄目だった。さっきもそう言ったじゃないか」
幸子 「そういう問題じゃないのよ」
敦 「じゃあどういう問題なんだ」
幸子 「私さびしいのよ。あなたが私を置いてきぼりにしてるようで。私を無視してるようですごく、スッゴクさびしいのよ!」
敦 「・・・幸子さん。」
幸子 「敦さん。お願いだから私を一人にしないで。一人にしないで!」
勇太 「・・・。」
蔵之介 「・・・。」
敦 「ごめん!(深々と頭を下げる)努力はしたんだ。努力はしたんだよ。けれど。けれど。」
幸子 「言い訳はもういいよ」
敦 「幸子さん」
幸子 「あなたとは関わりたくない」
敦 「幸子さん!」
幸子 「来ないで、近づかないで。この浮気男。」
勇太 「ちょっと待った、いくら何でもそれは言いすぎだぞ」
蔵之介 「おい勇太」
勇太、幸子と敦の間を割って入る。
蔵之介、そんな彼を止めようと勇太の手を引っ張る。
勇太 「コイツはよ、ずっと悩んでたんだよ。自分を変えようと努力してたんだよ。それが何だ。さっきから静かに聞いてりゃ一方的な物言いばっかしやがって」
蔵之介 「勇太、ここは二人の領域だからさ、俺たちは静かにしてだな」
勇太 「(蔵之介の話を無視して)コイツはよ、アンタの思う以上にスゲエ奴なんだよ。普通自分の好きなモンを否定されると、メッチャ傷つくんだよ。けどコイツはそれを顔に表さないで、ずっと我慢してきて、オタクである自分を変えようとしてきたんだよ。それでも無理だったコイツの気持ちが、アンタこそ分かってねえだろ!」
敦 「勇太、もういいよ。」
勇太 「何がいんだよ。こんなんじゃいつまで経ってもモヤモヤなままじゃんか」
敦 「だけど。」
幸子 「(勇太に向かって)あなた、一体何なの?赤の他人がいちいち私たちの事に口挟まないで」
勇太 「だったら赤の他人が口出さなくても仲良く出来る努力をしろよ」
幸子 「うるせえんだよ、オタク!」
勇太 「・・・。」
敦 「それはいくらなんでも言い過ぎだよ、幸子さん」
幸子 「私何か悪い事した?」
敦 「いや、悪い事はしてないけどさ」
幸子 「だったら悪者扱いしないでよ」
敦 「悪者扱いしてないよ」
幸子 「してるじゃない」
敦 「してないよ」
幸子 「私さ、あなたのそういう偽善ぶった所がキライなのよ」
敦 「偽善ぶったって」
幸子 「だってそうじゃない。本当はあの人たちの事が好きなんでしょ?それなのに恥ずかしいもんだから自分に嘘をついてる」
敦 「そんな事ないよ」
幸子 「だったらどうしてやめられないのよ!」
敦 「・・・。」
幸子 「好きなんでしょ?本当は好きなんでしょ?AKBの事が。」
敦 「・・・ああ。そうだよ。」
勇太・蔵之介 「・・・。」
幸子 「サイテーね。あなたホント、サイテーよ」
敦 「ごめん。」
幸子 「どうして?私と一緒に暮らせて幸せなんじゃないの?」
敦 「幸せだよ」
幸子 「だったらどうして」
敦 「分からないんだよ。」
幸子 「分からないってどういう事よ」
敦 「本当に分からないから分からないんだよ」
幸子 「だったらやめなさいよ、オタクなんて!」
敦 「やめたいよ!」
幸子 「・・・。」
敦 「そんなことが出来たら、それが出来たら、苦労しないよ!」
幸子 「敦さん。あなた」
敦、退場。
蔵之介、敦の後を追って退場。
蔵之介の声 「おい敦、お前が離れてどうすんだよ。これじゃ全然収拾使なくなるじゃんかよ。敦。敦!」
間。
うつむいたままソファーに座り込んでいる幸子。
そんな彼女をじっと見つめている勇太。
蔵之介、登場。
蔵之介 「(小声で)なあ、勇太。もう俺たちはここで帰ろ。あとはもう、この二人の問題だよ。俺たちの出る幕じゃない」
勇太 「いや、出来ないよ。」
蔵之介 「(小声で)勇太!」
勇太 「だって、友達じゃんか。」
蔵之介 「・・・。」
勇太 「俺は、まだ帰れないよ。ここに残る。」
蔵之介 「・・・そっか。じゃあ、俺ももう一度、敦をここに呼び戻してくるよ」
勇太 「頼んだ」
蔵之介 「うん」
蔵之介、退場。
勇太 「奥さん。また出しゃばって恐縮ではあるんですけれど、(ソファーを見ながら)ここ座っていいですか?」
幸子 「・・・。」
勇太 「失礼しますね。」
勇太、幸子を向き合うようにしてソファーに腰かける。
勇太 「大変ですね。旦那さんと暮らすっていうのも。」
幸子 「ごめんなさい。不愉快な思いをさせちゃって。」
勇太 「いえ。覚悟の上ですから。」
幸子 「あなたって、見かけによらずお人好しなんですね。」
勇太 「いや、そんな事ないですよ。」
幸子 「いえ、あなたは」
勇太 「人として当たり前の事をしただけですよ」
幸子 「・・・。」
間。
幸子 「オタクって、皆そうなんですか?」
勇太 「え?」
幸子 「オタクっていう人は、皆あなたのように、優しい方が多いんですか?」
勇太 「・・・さあ、どうなんでしょうね。僕も果たしてどこまでやさしい人間かはよく分かりませんが、少なくとも僕の周りの、いわゆるオタクは、みんな根は優しい人たちが多いと思います。とりわけ、AKBのために自分の人生を尽くしてる人たちは、皆ステキな人たちですよ。」
幸子 「そう、ですか。」
勇太 「ええ。あなたの旦那さんを見れば分かるじゃないですか。」
幸子 「敦さんですか?」
勇太 「そうです。あなたの愛してる旦那さんですよ。アイツこそ、とてもいいオタクなんですよ。アイツ、あまりに人に優しすぎて、どうも何というか、引っ込み思案な所があるんですよね。」
幸子 「・・・。」
勇太 「奥さん。アイツのオタク癖、どうか許してやれませんか。アイツ、本当に好きなんですよ。AKBの事が。あなたと同じぐらいに。友達である僕から、どうかお願いします。」
幸子 「・・・(首を振って)やっぱり、無理です。」
勇太 「どうして。」
幸子 「だって、私、どうしてもあの人たちの事が嫌いなんです。本当に申し訳ないんですけれど、私はあの人たちがキライなんです。」
勇太 「・・・奥さん。」
幸子 「ホントにごめんなさい。私、まさかあの人があんな人たちの事が好きだったなんて知らなかったんです。私、あの人が気弱な性格だったのは知ってました。以前は、彼をバカにしてた時期もあったんです。ですが私は、あの人のカッコイイ所を目の当たりにしたんです。」
そこに、蔵之介と敦が登場。
だが勇太と幸子は気づいていない。
幸子 「彼は高校の時に、文化祭でバンドを組んで、ボーカルをやったんです。とてもきれいな声で、心に響く、いい歌を歌ってました。私、正直言って感動しました。『ああ、人ってこんなに変われるんだ』『私もあの人のように変わることが出来たら、どれだけいいんだろう』って。すると数日後に、私は彼に告白されました。あの時ほど嬉しい事はありません。だって、私の一目ぼれの相手に直接、しかも向こうの方から言ってきてくれたんですもの。」
敦 「・・・。」
幸子 「私、敦さんのためだったら何だって出来るって、そう思ってました。でも駄目でした。私もどうしても変えられなかったんです。私は、AKBが大ッキライなんです。何でか分からないけど、考えるだけでムシズが走るんです。だから、私、どうしても、どうしても無理なんです。」
勇太 「そうでしたか。」
幸子 「ごめんなさい。あなたにもすごくご迷惑をおかけして。」
勇太 「いえ。」
幸子 「私、でも、やっぱり・・・敦さんの事が好きです。やっぱり、あの時の敦さんの事が忘れられないんです。きっと彼だったら、あの時のように変わってくれるかもしれないって、そう思っちゃって・・・。」
勇太 「・・・。」
蔵之介 「・・・。」
敦 「幸子さん。」
振り向く幸子、敦と蔵之介の存在に気付く。
幸子 「敦さん。」
敦 「今思い出したよ。僕がどうしてAKBを見捨てられなかったのかを。それは、彼女たちが僕の人生を変えてくれたからだ。僕は、彼女たちの歌に励まされて、自分の気持ちに素直になる事が出来たんだ。僕は、彼女たちがいなかったら、あんな風に人前で歌う事が出来なかった。君に告白する事も出来なかったんだ。だから、今こうして過ごせてるのも、皆、彼女たちのおかげだったんだ。だから、僕は今まで彼女たちの曲を買うようにしてたんだ。それがいつの間にか、自分の気分転換のために買うようになってしまって、その思いをすっかり忘れてた。幸子さん。結局は君の言う通りだった。僕は、ただ自己満足に浸ってるだけだった。今だったら、もう、AKBオタクをやめられそうだよ。いや、やめられる。やめるよ。もう、こんな自分勝手な行いはやめるよ。これからは君のために、ベストを尽くすよ。」
幸子 「・・・(フッと笑って)自分勝手なのは、私の方です。自分の都合のために人を動かすなんて、妻として失格です。あなたが悪いわけじゃありません。悪いのは、私の方です。」
敦 「いや。そんな・・・。」
幸子 「どんな曲なんですか?」
敦 「え?」
幸子 「敦さんの人生を大きく変えた曲って、どんな曲なんですか?」
敦 「・・・え?」
幸子 「聞いてみたいんです。あなたの口から、直接、聞いてみたいんです。」
敦 「それは・・・」
幸子 「どんな曲なんですか?」
敦 「・・・AKBの曲だよ?」
幸子 「はい。」
敦 「歌って、いいの?」
幸子 「どうして?」
敦 「君の嫌いなアイドルなのに、いいの?」
幸子 「・・・はい。歌って下さい。」
敦 「・・・分かった。」
敦、大きく深呼吸をして、歌を歌い出す。
♪
会いたかった
会いたかった
会いたかった
Yes!
会いたかった 会いたかった
会いたかった
Yes!
君に・・・
自転車全力でペダル
漕ぎながら坂を登る
風に膨らんでるシャツも
今はもどかしい
やっと気づいた 本当の気持ち
正直にゆくんだ
たった一つこの道を
走れ!
好きならば 好きだと言おう
誤魔化さず 素直になろう
好きならば 好きだと言おう
胸の内 さらけ出そうよ
好きならば 好きだと言おう
誤魔化さず 素直になろう
好きならば 好きだと言おう
胸の内 さらけ出そうよ
会いたかった 会いたかった
会いたかった Yes!
会いたかった
会いたかった
会いたかった Yes!
君に・・・
会いたかった!
♪(※)
一同、拍手する。
幸子 「いい曲ね。ホントに。」
敦 「うん。」
幸子 「本当に、いい曲ね。」
敦 「うん!」
幸子 「・・・決めた。私、行くわ。劇場に。」
敦 「え?」
幸子 「行くわ、劇場に。AKB劇場に。」
敦・勇太・蔵之介 「え?!」
敦 「どうしたの、幸子さん」
幸子 「いや、どうしたって。行きたくなったから行くの。ただそれだけよ。何か悪い?」
敦 「いや、何というか。」
蔵之介 「(小声で)人って、変わるもんなんだな」
勇太 「(小声で)そうだな」
敦 「でも、どうして?」
幸子 「いやあ、何かね。この曲のおかげで今の私たちがあるって思うとさ、何か、お礼の一つや二つぐらい言わないと収まらないというか。何か敦さんの気持ちが分かったような気がして。だから私、一度だけ行ってみたいの。」
敦 「そうだったんだ。」
幸子 「いい?」
敦 「・・・うん。勿論だよ!」
勇太 「いやあ、よかったよかった。それじゃ、俺たちは、これで失礼しますわ」
蔵之介 「ああ、そうだな」
敦 「二人共、ホントにありがとう。」
勇太 「いいって事よ」
蔵之介 「また何かあったら、教えてくれよ。」
敦 「ああ。」
勇太 「じゃあな。」
幸子 「(頭を下げる)」
勇太、蔵之介退場。
間。
勇太の声 「お邪魔しました。」
扉の閉まる音。
幸子 「いいお友達でしたね」
敦 「ああ。そうだね。」
少しの間。
幸子 「あ。そういえば夕ご飯の事をすっかり忘れてた。」
敦 「ああ~」
幸子 「どうしましょ」
敦 「じゃあ、久しぶりに外食にするか。」
幸子 「あ、それいいわね。」
敦 「でしょ?」
幸子 「じゃあそうしましょっか。」
敦 「ああ。そうしよう。」
幸子、敦、退場。
扉の閉まる音。
溶暗。
鍵がかかる音。
おわり
※「会いたかった」(歌・AKB48 作詞・秋元康 作曲・BOUNCE BACK)より一部引用。