マッカーサーと天皇
主要登場人物
マッカーサー
天皇
フォービアン・バワーズ
アメリカ兵
その他、幽霊たち
暗闇の中で、日本人の作った戦争のプロパガンダ映像がスクリーンに映し出される。
「天皇陛下、ばんざーい」という国民たち。
敬礼をする隊員たち。
アメリカ艦隊へ単騎突入する特攻機。
そして、スクリーンにはこんなことがうっすらと記される。
バックには、天皇ヒロヒトの玉音放送が流れている。
「一九四五年八月十五日、日本はおよそ3年半に及ぶアメリカとの戦争に負けた。
アメリカ軍は、次から次へと戦争犯罪者たちを逮捕し、牢獄へ入れた。
それは軍人だけでなく、武士道を教えた教員やプロパガンダ映画を作った映画人、そして歌舞伎役者たちにまで及んでいった。
なぜそんな民間人をも捕まえたのか。理由は他でもない。
日本人の文化は軍国主義を助長させたと、アメリカ軍に判断されたからである。」
溶明。
舞台は、アメリカGHQ連合本部の応接室。
(フロアは、チェスの盤を想起させるような、白と黒の四角いタイルがいい。テーブルはこげ茶色の木製のもの。椅子は、上手に黒の椅子が一個、下手に白の椅子が一個あるのが望ましい。)
マッカーサー、一人でチェスの駒を動かしながら考え事をしている。
マッカーサー「・・・いよいよこの戦いもチェックメイトだ。ようやく、この長い戦いに終わりが告げられる。本当に、人類の存亡をかけた戦いだったと言っても、大げさな話じゃなかっただろう。さて、局面は感想戦に突入だ。・・・・この戦争の原因は一体何だったのか。そもそもなぜ、あんなばかばかしい戦争が起きたのか。理由は定かではないが、彼らはみな、一人の男のことを口にした。その男の名は、ヒロヒト。日本人は彼の事を『天皇陛下』と呼び、彼らは天皇を主とした新しい秩序をつくろうとした。何故、彼らはあの男を神と奉るのか。なぜ彼らはあの男を恐れ敬うのか。そこは、聖書の価値観を重んじる私たちアメリカ人には到底理解できない。到底、私には分からない。どうしても・・・分からない。」
アメリカ兵の声「マッカーサー総督、来ました!」
マッカーサー「分かった。中に入れろ。」
アメリカ兵の声「Yes,sir!(はい、総督!)」
ただ盤面ばかりを見つめているマッカーサー、駒を動かして一人で局面の反省をして
いる。
マッカーサー「・・・ついに来たか。天皇ヒロヒト。彼のために死んだ若者や民間人は多い。何故人々を救う事ができなかったのか。もちろん、彼一人が悪い訳ではないだろう。彼を取り巻く文化こそが、こんな悲劇を生んだともいえるのかもしれない。もしそうだとすれば、今こそ、この国に民主主義を根付かさなければ、この国は・・・いや、この世界は・・・」
アメリカ兵「総督!総督!」
マッカーサー「・・・Don't worry!I'm OK. Come on,TENNOU HIROHITO!!(心配するな!俺は大丈夫だ。来い、天皇ヒロヒト!!)」
音楽。
天皇、ゆっくりと登場。
どこからか、さまざまな声が聴こえてくる。
「うらめしや」
「アメリカ人め」
「人殺し!」
「鬼!」
「鬼畜米英!」
「返せ!」
「俺らのすべてを返せ!」
「返せ!」
「返せ!」
「俺らの幸せを返せ!」
「街を返せ!夢を返せ!息子を返せ!娘を返せ!あの人を返して!あの子を返せ!」
「私たちの、すべてを返せ~!!!」
天皇、ゆっくりとマッカーサーに歩み寄っていく。
マッカーサー、天皇とじっと向かい合い、物凄く歯を食いしばっている。
「よくも襲いかかりやがったな」
「よくも爆弾落としたな」
「よくも殺しやがったな」
「死ね!」
「死んじまえ!」
「死ね!」
「死んじまえ!」
「鬼畜米英なんて、死んじまえ~!!」
天皇、ゆっくりと頭を下げる。
天皇「申し訳ございませんでした。」
マッカーサー「・・・What?(何?)」
天皇「全ては、私の責任だ。」
マッカーサー「おい、通訳!何してる、通訳を呼んで来い!何をしている、バワーズを呼んでくるんだ!」
アメリカ兵、登場。
アメリカ兵とマッカーサーはドタバタしている様子。
アメリカ兵「駄目です、第一級の通訳・バワーズがいません!」
マッカーサー「何!?バワーズの馬鹿野郎!こんな時に何やってんだ!」
アメリカ兵「バワーズは今トイレの中だと思われます」
マッカーサー「はあ!?こんな大事な時に何トイレにこもってやがんだ!」
アメリカ兵「すみません!」
マッカーサー「すみませんで済んだら軍隊なんざいらねえんだよ!」
アメリカ兵「Yes,sir!(はい、総督!)」
マッカーサー「この馬鹿野郎、死にやがれ!」
アメリカ兵「Yes,sir!(はい、総督!)」
マッカーサー「なんでも返事すりゃいいと思ってんじゃねえよ!」
アメリカ兵「Yes,sir!(はい、総督!)」
マッカーサー「俺が言いたいのはな、死人のことを想えってことだよ!」
アメリカ兵「Yes,sir!(はい、総督!)」
マッカーサー「死人の気持ちになって考えてみろ!」
アメリカ兵「Yes,sir!(はい、総督!)」
マッカーサー「返事は立派なんだよ、返事は。分かったらちゃんと行動に移しやがれ!」
アメリカ兵「Yes,sir!(はい、総督!)」
マッカーサー「お前らときたら、それだから」
天皇「いいのです。話をしましょう。」
マッカーサー「・・・・・・。」
天皇「マッカーサー総督。初めまして。私は天皇・ヒロヒト。Nice to meet you.(どうぞよろしく)」
マッカーサー、しかめた顔で天皇をにらむ。
天皇「どうされた。総督。」
マッカーサー「いや。あなたは英語がペラペラなんだな、と思っただけです。」
天皇「欧米や英語に、強い関心があるものですから。」
マッカーサー「なるほど。」
マッカーサー、天皇と強い握手を交わす。
天皇「マッカーサー。私がここに来たのは他でもない。私の戦争責任について、すべてを、あなたに委ねるためにここにやってきた。マッカーサー。今あなたが捕まえているわが国民たちには、罪はない。みんな私の命令で動かされていただけだ。裁くのであれば、この私を裁いてほしい。今日は、それを言うためにここに来た。」
マッカーサー「・・・あなたの言いたいことは、よくわかりました。まあ、まずはお座りください、エンペラー。」
天皇、一礼して席に座る。
間。
天皇「チェスですか。」
マッカーサー「え?」
天皇「そこにあるのは、チェスですよね。」
マッカーサー「え、ああ。すみません、無様なところをお見せしてしまって」
天皇「いえ、いいのです。チェスは好きですから。」
マッカーサー「・・・良ければ、対局でもしながら話を。」
天皇「そうですね。しましょう。」
天皇、チェスの駒を並べかけて・・・
天皇「・・・その際、申し訳ないがお願いがある。」
マッカーサー「何でしょう、天皇」
天皇「私と今からやるこのチェスの対局については、決して口外しないでいただきたい。」
マッカーサー「何故。」
天皇「私は、神であるからだ。少なくとも、今の日本人はそう思っている。」
マッカーサー「・・・・・・本気でそう思われているのですか」
天皇「そうだ。」
マッカーサー「その根拠は。」
天皇「守りの者を外へやってほしい。」
マッカーサー「何故。」
天皇「どうしてもだ。頼む。」
マッカーサー「・・・・・・分かった。」
マッカーサー、アメリカ兵、ゆっくりと退場。
天皇、目をぱちくりさせて息を整える。
深く呼吸を整える天皇。
マッカーサー「大丈夫ですか?」
マッカーサー、水を用意して登場。
そして、彼はコップに水を注いで天皇に手渡す。
その水をありがたく飲む天皇。
間。
天皇「いやあ、実に美味しい。ありがとうございます。」
マッカーサー「いや。この水は、もとはあなた方のものだ。何もそう感謝される事はしていない。」
天皇「・・・アメリカ人にしてはやけに謙虚だ。」
マッカーサー「何か言いましたか?」
天皇「随分と風変わりなアメリカ人ですねと言ったのです。」
マッカーサー「アメリカ人は風変わりな者ばかりですよ。もとはそれぞれ違った文化圏から来た冒険家たちですからね」
天皇「その事はよく知っている。」
マッカーサー「ほう。さすがは天皇陛下。エンペラーこそそれを知らなければ国民を救えないですからね。もっとも、女子供を犠牲にしてきたあなたには、国民を救うも何もあったものじゃないでしょうが」
天皇「それはそうだ。」
マッカーサー「ホウ。それは認めますか。」
天皇「認める。認めざるを得ない。」
マッカーサー「・・・何かあったのですか。自称・現人神の天皇ヒロヒト。」
天皇「まずは、一局戦いましょう。」
マッカーサー「・・・・・・そうしましょうか。」
マッカーサー、チェスの準備を行う。
すると、どこからか幽霊たちの声が聞こえてくる。
「天皇陛下、こんな奴ブッ殺してください」
「天皇陛下、私は今も米英が憎いのです」
「お願いです。殺してください」
「殺してください」
「殺してください」
「殺してください!」
天皇「あなたには、聞こえはしないのですか、マッカーサー。」
マッカーサー「何をですか。」
天皇「ここにいる、亡くなった民たちの声を。」
マッカーサー「亡くなった、民たちの声?」
すると、またどこからか幽霊の声が聞こえてくる。
「殺せ!殺せ!鬼畜米英を殺せ!」
「殺せ!殺せ!鬼畜米英を殺せえ~!」
マッカーサー「・・・いいえ、全く。」
天皇「そうか。」
マッカーサー「では、対局を始めましょう。」
天皇「(頭を下げる)」
マッカーサー「・・・(駒を動かしながら・・・)天皇ヒロヒト。あなたはなぜご自分を『神』と偽るのか。あなたのために死んでいった者たちは大勢います。皆あなたのために戦ってきたのです。なぜ死者がこんなに出てもなお、あなたは神を自称されるのか。」
天皇「・・・彼らが私を求めている限り、私は神とならなければならない。それが、私の義務だとも思っている。(自分の駒を動かす)」
(ここからは、基本的にチェスの対局をしながら対話をする形式で行う)
マッカーサー「どういう意味ですか。」
天皇「今の国民を救えるのは、この私だ。」
マッカーサー「当たり前です。あなたはエンペラーなのだから。つまりここで言えば、キングだ。」
天皇「そうだ。たしかにその通りだ。」
マッカーサー「そんなに国民は、あなたを神として求めているのですか?」
天皇「それは・・・」
マッカーサー「・・・皮肉なものですね。私たちの国は王権制度ではないから、このチェスを遊びでしか見られない。しかしあなた方にとっては、王権制度は現実のものです。ゆえに、このチェスというゲームが実に生々しく見えてしまうでしょう。一人の王のために、多数の味方が犠牲になる。あなた方の戦い方は、まさにそういうものだった」
天皇「そう、ですね。」
マッカーサー「・・・・・・そんな弱気な姿勢じゃ、戦争には勝てませんよ。もっとも、これはチェスの事ですが。」
マッカーサー、駒音高く一手を打つ。
マッカーサー「Check mate.(私の勝ちだ。)」
天皇「・・・負けました。(頭を下げる)」
マッカーサー「話を戻しましょう、天皇ヒロヒト。あなたに聞きたいことは山ほどあります。あなたのために、本当に多くの尊い命が犠牲になった。その亡くなった国民たちのために、自分からわざわざここまで足を運んでくださっだ事についてはありがたい限り。しかし、それだけで、本当にあなたの罪が消えるとでも思っているのですか?」
天皇「それは・・・」
マッカーサー「形勢は、誰から見ても明らかだったはずです。あの戦争は、本当ならばわざわざ原子爆弾を落とさなくても、あなた方の負けは明らかだったはず。なぜ我々を、そこまで手こずらせたのですか。」
天皇「それは・・・」
マッカーサー「それは?」
天皇「それは・・・・・・それは・・・」
マッカーサー「それは何なんですか?」
天皇「・・・私は、正直、辛かった。本当に、辛かった・・・。」
マッカーサー「・・・・・・。」
天皇「生まれた時からの定めとはいえ、政治にも関わり、軍事にも関わり。数々の戦死者の悲報が来て、本当に辛い日々の繰り返しだった。だが、私は、ただ単に負けを認める気には到底なれなかった。わが国民のことを想うと、どうしてもできなかった。ただ降伏していれば、あなた方欧米は何をしていた。巨額の賠償金と領土の要求をしていただろう。だからこそ、やめるわけにはいかなかったのだ。」
マッカーサー「・・・・・・。」
天皇「私たちの戦争は、生き抜くための戦争だったといってもいい。明治時代から続いていた、あなた方欧米列強に負けないために、私たち日本人はずっと追いかけ、追い越す努力をしてきたのです。それは、あの大東亜戦争とて同じです。」
マッカーサー「大東亜戦争?」
天皇「いわゆる、昨今の日米戦争のことです。」
マッカーサー「ああ、なるほど。つまり太平洋戦争のことか。」
天皇「そうです。あの戦争が起きたそもそものきっかけは、あの世界恐慌からだったように、私は思えてならない。あなた方アメリカが、日本への石油の輸出を止めるようになってから、日本は混乱状態に陥っていたのです。悪いのは、確かに日本です。私たち日本人です。ですが、あえて言うならば、きっかけを作ってしまったのは、あなた方アメリカだと私は思えてならない。私は、そう思えてならないのです。」
マッカーサー「アメリカ代表として弁解させていただきますよ。あの当時の日本は、我々の同盟国・中国と戦争をしていましたよね。その戦争を早く止めるために、私たちアメリカは、日本への石油の輸出を止めたのです。決して、日本と戦争を引き起こすために輸出を止めたのではない」
天皇「あんな戦争は、私だって引き起こしたくはなかった」
マッカーサー「それは私たちだって同じことだ。戦争をしたがる人間なんて、いったいどこにいるのですか。」
天皇「・・・・・・。」
天皇、急にせき込む。
マッカーサー、天皇をかばう。
マッカーサー「本当に大丈夫ですか」
天皇「なに、心配することはないですよ。こんなのは若い時からよくあることですから。心配ない心配ない(なおせき込む)」
マッカーサー「そんなにせき込めば誰だって心配しますよ」
天皇「大丈夫、大丈夫だ」
マッカーサー「しかし」
天皇、マッカーサーの手から離れて、前かがみになる。
胸を強く抑える天皇。
マッカーサー「・・・・・・ヒロヒト。」
天皇「ここから先は、少し、別の話をしないか。」
マッカーサー「What?(何だって?)」
天皇「これ以上過去の戦争の話をしていてもラチが明かない。ここからは、未来について話し合おう、マッカーサー。」
マッカーサー「・・・・・・・・・いいでしょう。チェスの対局の方は。」
天皇「では、もう一番。」
マッカーサー「OK.(了解。)」
天皇、マッカーサー、再び対局を行う。
マッカーサー「では、話を変えましょうか。・・・織田信長という人物はご存知ですよね。」
天皇「ええ、知ってます。それが何か。」
マッカーサー「私は、彼から多くのことを学びました。」
天皇「例えば。」
マッカーサー「例えば、作戦の取り方です。私たちが行った作戦を、覚えていますか?」
天皇「え?」
マッカーサー「私たちは、まず爆撃の前に脅しのビラをまいたのです。私たちだって戦争はイヤですからね。それから、あなた方の返事を待ったうえで、爆撃を行っています。あれは、要はあなた方日本人のご先祖・織田信長の方法をまねただけに過ぎないんですよ。」
天皇「そうだったんですか?」
マッカーサー「ええ。私は、信長の事については出来る限り調べ尽くしています。例えば、古き王権とも言える将軍・足利義昭を立てて、新しい秩序と平和を築こうとしていたのを私は知っています。だが、足利将軍は織田信長の反対派によって暗殺されかけた。だから、信長が指揮を執るしかなかった。そして、そんな争いを一日でも早く終わらせようとした。私はそう解釈しています。」
天皇「どういう意味なんですか?」
マッカーサー「え?」
天皇「だって織田信長とは、女子供を殺した残虐な人物としても知られてますよね。」
マッカーサー「ええ、まあ。」
天皇「日本の武将の中で、彼ほどひどい武将はいなかったと言われていますよ。なぜあなたは、そんな人物を参考にしたのですか?」
マッカーサー「・・・それは、失礼を承知の上で話をしますと、あの戦国時代の終わり頃と昨今の日米戦争の時と、相重なるものがあったからなんです。」
天皇、対局の手を止める。
天皇「・・・例えば?」
マッカーサー「例えば、延暦寺に火をつけて女子供を焼き討ちにしたという逸話は有名なところですが、その女子供たちは、実はただ罪がないわけではなくて、信長に敵対心を抱いていて、終始最期まで抵抗し続けていたのです。そういう精神的な文化と申しましょうか、敵に対する根強い執着心を持っているところが、今のあなた方の、いや、正確には昨今のあなた方の態度と重なったんです。」
天皇「・・・なるほど。それは、そうかもしれません。」
マッカーサー「相手が女子供だったからこそ、信長は、勇気ある人だったんですよ。自分から人を殺したいと思う馬鹿が、どこにいるのですか。私たちでもそうでしたが、戦争を終わらせるのには、とても勇気がいるんです。とりわけ、人を殺めなければならない時は。織田信長は、今後も戦争において語り継がれるべき人物だと、私は思いますよ。戦争をいち早く終わらせようと努力した人物の一人だって。自分を鬼にしてまで、平和を築こうとしていた人物なんだって。私は、そう思いますね。」
天皇「・・・・・・アメリカでは、日本のことをよく勉強しているのですね。」
マッカーサー「そうです。日頃から私たちは、世界的な視野で物事を見るように教えられているんです。だからこそ、海外に詳しいのです。」
天皇「・・・素晴らしい。素晴らしすぎる。」
マッカーサー「・・・天皇陛下。あなた方の教育は、どんな感じだったのですか?」
天皇「え?」
マッカーサー「一応調べはついてます。だが、確認をしたい。どうだったんですか?」
天皇「・・・私たちの教育は、正直、悲惨なものだった。本当に、悲惨だった。もう、言葉にできない程のもので、・・・・本当に、申し訳ない。」
マッカーサー「・・・・・・。」
天皇「あなた方にとっては、聴くに堪えない教育ばかり教えてきた。『日本が一番だ』とか、『アメリカは日本を差別する国だ』とか、貿易の不平等条約の歴史をずっと語り継いできたのです。私は、それを黙認していた。だが、それは間違ってた。もう本当に、申し訳がない・・・!」
マッカーサー「・・・さっきから、その、『申し訳がない』というのは、一体、どういう意味なのですか?」
天皇「え?」
マッカーサー「是非とも知りたいのです。私の勉強不足というのもあるんですが、あなたの言っている意味が、どうしても理解できないのです。」
アメリカ兵の声「失礼します。」
マッカーサー「何だ。」
アメリカ兵の声「通訳官フォービアン・バワーズが来ました。」
マッカーサー「やっと来たか。わかった。中へ入れろ。」
アメリカ兵の声「Yes,sir.(はい、総督。)」
バワーズ登場。
バワーズはカバンを手にしている。
マッカーサー「遅かったじゃないか、バワーズ」
バワーズ「誠にすみません、、総督。こんな大切な時に。」
マッカーサー「なんで体調を崩したんだ。」
バワーズ「ちょっとした食あたりになってしまいまして。ですが、今はもう大丈夫です。」
マッカーサー「本当に頼むよ、バワーズ。日本語に詳しいのはお前しかいないのだから。お前がいなくなると日本人との対話が円滑に進まなくなるんだ。本当に頼むよ。」
バワーズ「心得ております。」
マッカーサー「天皇陛下、紹介します。通訳官のバワーズです。」
バワーズ「フォービアン・バワーズです。お会いできて光栄です。」
天皇「それはどうも。」
マッカーサー「早速だがバワーズ。お前に聞きたいことがある。お前、(紙にメモをしながら)この言葉の意味を知ってるか?」
バワーズ「(メモを見て)・・・モウシワケガナイ?」
マッカーサー「そうだ。私は、彼の言っているこの言葉に理解しかねているんだ」
バワーズ「Oh,I see.(ああ、なるほど。)・・・天皇陛下。この言葉は謝罪の気持ちも含まれているんですよね?」
天皇「ええ、そうです。」
バワーズ「なるほど。それは確かに理解しがたいですね。」
天皇「どういう意味ですか?」
バワーズ「いや。私たちの世界では、『謝罪をする』という事は、すべての罪を自らが抱え込むという事になるんです。だから私たちはめったに頭を下げないし、めったにその、『申し訳ない』とは言わないのです。」
天皇「そういう事だったのですか」
バワーズ「そうです。」
天皇「なるほど。だから、何か偉そうというか、堂々としているのですね。」
マッカーサー「そういう訳なんです。バワーズ、ありがとう。もういい。しばらく静かにしていてくれ。彼(天皇のこと)は見ての通り、我々の言葉を理解できる賢者であられる。また必要な時に呼ぶ。その辺で立ってろ。」
バワーズ「Yes,sir.(はい、総督。)」
バワーズ、舞台の隅で控える。
間。
天皇、ニヤッと笑いだす。
マッカーサー「天皇陛下、どうしましたか?」
天皇「いや。それにしても、ハイスピードなやり取りだったなあと思って。」
マッカーサー「What?(なに?)」
天皇「最初見た時は、ハイスピードなやり取りで目がとぶかと思いましたよ。あんなに早いやり取りは、生まれて初めてです。」
マッカーサー「・・・ああ、あのやり取りの事ですか。その、先程あなたがいらした時に、私と部下がしゃべった時のですか、通訳官を呼んだ時の。」
天皇「ええ。」
マッカーサー「あれが、私たちの交わしている普段のやり取りなんですよ。」
天皇「随分と早口なんですね」
マッカーサー「いやいや。」
天皇「いいや、あなた方の言葉は、私にとっては早口だった。早口だが、確かに聞こえたものはある。」
マッカーサー「何をですか」
天皇「『死人の事を想え』。あなたは、確かそう言っていましたね。」
マッカーサー「ああ、はい。」
天皇「やっぱりあなたにも、死人の声を感じられるのですか?」
マッカーサー「いいや。さっきも言いましたが、私たちにはそんな力はない。」
天皇「そうですか。」
マッカーサー「あなたには聞こえるのですか?」
天皇「ええ、まあ。いまでも聞こえるんです。まあ、少しですが。」
マッカーサー「すごいですね」
天皇「いや。何でなのでしょうね。私が精神的に病んでいるのが関係するのだと思います」
マッカーサー「たしかに。あなたは見るからに顔色が悪そうですからね」
天皇「いやいや、それほどでも。」
マッカーサー「(ふっと笑い、)とはいえ。本当に存在するかもしれませんね、そういう、幽霊みたいなものが。近頃私たちの間では変な疫病にさいなまれていてですね、困ってるんです。もっとも私たちの考えは、聖書の教えに基づいた思想ゆえに、もとから幽霊なんて存在しないという考えではあるんですが。」
天皇「ほう。じゃああなた方の所には、お盆はないのですか?」
マッカーサー「オボン?」
天皇「つまり、ご先祖を想う日の事です。」
マッカーサー「いいや、あります。」
天皇「やっぱり、あるのですか?」
マッカーサー「ええ、あるんです。ちなみに私たちの所では、『ハロウィン』と呼ばれているのですが。」
天皇「ハロウィン?」
マッカーサー「そうです、ハロウィンです。」
天皇「響きのいい名前のものですね。日本のお盆とは大違いだ」
マッカーサー「でも『お盆』なんていうのもいいじゃありませんか」
天皇「いや、なかなか。」
マッカーサー「私は好きですよ。『お盆』っていう、その語感が。」
天皇「そうですか。」
マッカーサー「いやあ。ハロウィンとは懐かしいですね。ここ最近は、そんな余裕もなかった。ずっと戦争続きでしたからね。」
天皇「え?どういう意味ですか?」
マッカーサー「私はこういう立場なものですから、なかなか身内の家族とハロウィンを過ごすことができないでいたんですよ。」
天皇「へえ、そうだったんですね。それは意外だ。」
マッカーサー「どうしてです?」
天皇「私たちの場合は、お盆の時期には必ず休暇が取られたものですから。」
マッカーサー「え、戦争中でもですか?」
天皇「はい。少なくとも武器をつくる工廠では、それを基本としています。」
マッカーサー「どうしてなんですか?」
天皇「それはこちらが聞きたいぐらいです。」
マッカーサー「と言いますと?」
天皇「どうしてあなた方は、ハロウィンのような先祖を思う日を大切にしないんですか?」
マッカーサー「いや、大切にしないというよりは。」
天皇「すみません、言い方に語弊がありましたね」
マッカーサー「いえ。でも、確かにその通りです。そういうことになります。バワーズ。」
バワーズ「はい。」
マッカーサー「陛下に私たちの文化のことをお教えして。」
バワーズ「はっ。(天皇に向かって)天皇陛下。私たちの文化には、確かに先祖を想う風習があります。ですが、それはイギリス国土から生まれた風習でして、何の根拠もない土着的な文化なのです。」
天皇「何の根拠もない土着的な文化?」
バワーズ「つまり、聖書の教えに基づいていないということなんです。」
天皇「ほう。そんなに大切なんですか、その聖書というものが。」
バワーズ「それはもちろん。聖書は多くのアメリカ人に読み継がれている書物の一つであり、私たちの倫理・道徳における最高の教科書なのですから。」
天皇「そうなのですか。」
マッカーサー「そういうことなのです、陛下。ですので私たちの間では、半ば疑いの気持ちを抱きながら行っている風習なんです。私たちの場合は、先祖に想いをはせるというよりは、どちらかというと、そのハロウィンで行われる子供のお菓子集めやいたずらなどがメインでして。」
天皇「いたずら?子供のいたずらがあるのですか?」
マッカーサー「ええ。結構それで苦労するんですよ。」
天皇「どういうことなんです?」
マッカーサー「Trick or Treat(お菓子かいたずらか)という言葉はご存知ですか」
天皇「いいえ、さっぱり。」
マッカーサー「ああ、そうなんですか。バワーズ。」
バワーズ「お任せください。天皇陛下。私たちのハロウィン文化は素敵な文化なんです。例えば、マッカーサー総督が言われたTrick or Treat(お菓子かいたずらか)、つまり簡単に和訳すれば、『お菓子くれないといたずらしちゃうぞ』という意味なのですが。その言葉を子供たちは発しながら、大人からお菓子集めをするんです。」
天皇「へえ、なんだか面白そうですね。」
バワーズ「はい。小さいうちはお菓子を渡しさえすればそれでよかったのですが、十代の若者となるとそれでは飽き足らず、とんでもないいたずらをするようになるんです。」
天皇「ほう、例えば落とし穴とか?」
バワーズ「That's right.(その通りです。)まあ落とし穴は極端な例ですが、庭の周りをトイレットペーパーでぐるぐるにされるのは当たり前の光景ですね。」
天皇「なんと。大人はそれで怒らないのですか?」
バワーズ「まあ、あまりないですね。黙認しています。」
天皇「どうして。」
バワーズ「それがハロウィンだからなんです。」
天皇「ほ~う。そう考えると、私たちのお盆とはずいぶん違いますね。」
マッカーサー「そうなんですか。」
天皇「私たちの文化では、純粋に亡くなった先祖のことを思って食べ物をお供えしたり、火をともしたり、時には踊ったりします。」
マッカーサー「『オソナエ』とは。」
バワーズ「彼らの間では、神様に実物の食べ物を献上する文化があるのです。」
マッカーサー「ほう、そうなんだな。」
バワーズ「はい。」
天皇「少なくとも、我々のお盆ではそんないたずらはないですね。お菓子集めは、時として田舎の祭りでよくするのですが。」
マッカーサー「ホウ。そうなんですね。」
天皇「はい。」
バワーズ「もちろん、私たちのハロウィンではそんな過激なものばかりではありません。例えば、ハロウィンの時期は未来を見ることができる時期だともいわれていて、この時期では恋占いもよくやられているのです。」
天皇「へえ、恋占いをですか。」
バワーズ「はい。いろんな占い方がありましてね。ねえ総督。」
マッカーサー「そうだな。私も小さい頃はよく占ったものだな。」
天皇「面白そうですね。」
マッカーサー「ええ、面白かったですよ。」
天皇「でも、それもその、聖書には基づいていない迷信なんですか?」
バワーズ「ええ、まあそうですね。」
天皇「じゃあ聞きたいんですが。聖書って、どんなことを教えてくれるんですか?」
バワーズ「聖書は、いろんなことを教えてくれます。地球がどうやって生まれたかとか、歴史上で起きた史実とか、イエス・キリストという救い主による素晴らしい御教えとか。」
間。
うんうん頷く天皇。
天皇「そうか。やっぱりそうだったのか」
マッカーサー「と、言いますと?」
天皇「いや、私が学んできた学問の領域では、どうもアメリカの現状がはっきりと分かる情報が少なすぎて、どうも掴めない所があったのです。」
マッカーサー「どういうことですか?」
天皇「先ほども申しましたように、日本ではアメリカ嫌いがひどすぎたのです。だから、アメリカに関するものはすべて排除されたのです。ベースボールの呼び方まで、すべて日本語表現だったのですから。もう徹底的だったのですよ」
マッカーサー「ああ」
天皇「もう、本当にすごかったのですよ。あなたにも見せたかったぐらいだ。」
マッカーサー「・・・・・・。」
天皇「マッカーサー。どうされたのですか?」
マッカーサー「・・・日本に、図書館はないのですか?」
天皇「戦前は、しっかりとありました。戦中はやられた所もあったのですが。」
マッカーサー「実は極力、文化財は壊さないようにしてはいたのです。」
天皇「そうだったのですか?」
マッカーサー「何度か言ってますが、私たちだって、好きで戦争をしているわけではありません。国民の意思や誇りを尊重したうえで、急所の拠点しか狙ってないんです。」
天皇「例えば。例えばどこを攻撃しなかったのですか。」
マッカーサー「京都です。あそこは美しい所だったと聞いてます。」
天皇「ああ、京都。」
マッカーサー「そこの大学の図書館を通じてさえいれば、我々アメリカの文化がわかったのではないでしょうか。そうすればハロウィンのことも、聖書のことも、もっと早くから分かっていたのでしょうね。」
天皇「・・・。」
マッカーサー「どうしました、エンペラー。」
天皇「私は、本当に馬鹿な君主でした。」
マッカーサー「何を言いますか。」
天皇「彼らを止めようとしても、どうしてもダメだった。とりわけ、陸軍の勢いに負
けてしまって。彼らは本当に極端な輩だった。この戦争をもっと早くから止められ
たのは私だったはずなのに、どうしてそれができなかったのか。」
マッカーサー「エンペラー。」
天皇「そもそも、その京都の図書館へ行っても、アメリカに関する本は全くなかった
のかもしれないですね。陸軍に没収されてたでしょうから。」
マッカーサー「え?」
天皇「我が国日本では、それだけアメリカ嫌いがひどかったのです。」
マッカーサー「・・・何故なのでしょう。」
天皇「ホント、何でなのでしょうね。」
マッカーサー「(声をあげて笑う)」
天皇「あなたにも、笑う元気はあるのですね。」
マッカーサー「そりゃそうですよ。それが、本来のアメリカ人なんです。アメリカ人は、いつも陽気で素敵だ。時には恐ろしい事をしてしまう所はあるけれど、本当は、みんないい人たちなんだ」
天皇「(笑いながら)やっぱり、思った通りだ。やはりそうだったのですね。」
マッカーサー「何がですか、エンペラー」
天皇「アメリカ人も日本人も、同じなんだって。」
マッカーサー「え?」
天皇「私たちには、違った文化を持ってはいる。けど、私たちは、結局は同じ人間なんだなって、そう思ったんです。」
マッカーサー「・・・ちなみに、どんな声が聞こえるんですか?」
天皇「え?」
マッカーサー「あなたの周りでは、亡くなった人はどんなことを言っているんですか?」
どこからか、しくしくと悲しむ声が聞こえる。(このあたりで、自由にセリフの合間
に幽霊の声を挟みいれてほしい。)
天皇「それは、さまざまです。『鬼畜米英』とか、『殺せ』とか。しかし、一番多いのは、彼らの泣く声です。」
マッカーサー「彼らの泣く声。」
天皇「そうです。彼らは、よっぽど未練があったのでしょう。時には女性が男の人の名前を呼んだり、逆に男の人が、『すまなかったな』とか、『約束が守れなくてごめんよ』などとつぶやく声が聞こえてくるんです。いまでも、ちょうどこの辺で、亡くなった民たちは泣き続いてます。もっとも、私の思い込みかもしれないんですがね。」
どこからか、うわあっと泣く声が聞こえてくる。
マッカーサー「・・・・・・・・・いやあ、本当に、・・・言葉にできない。」
天皇「・・・・・・。」
マッカーサー「本当に、・・・本当に・・・本当に・・・」
天皇「何を言おうとしているのですか?」
マッカーサー「分からない。ただなんとなく、その、悲しいというか、後悔の気持ちを伝えたい。けど、それをどう表現すればいいのか分からないんです。」
バワーズ「総督。」
マッカーサー「いいんだ、バワーズ。」
バワーズ「・・・。」
天皇「・・・。」
マッカーサー「本当に、本当に・・・ああ、何と言えばいいんだ。どうか許してほしい、天皇陛下。本当は謝罪をしたい所だ。けど、それだと私たちが、あの戦争の責任まで全て抱えなければならなくなってしまうことになる。それではとてもじゃないが、無理だ。一体、どれだけの人を悲しませた事か。どれだけ、私たちの爆弾のせいで、日本人たちを絶望させてしまった事か・・・。」
天皇「・・・・・・。」
間。
天皇、正面を見つめる。
天皇「戦争というものは、ホンットウに、悲惨なものですね。」
マッカーサー「そうですね・・・」
天皇「どうやったら、こんな悲劇を二度と起こさなくなるのだろうか」
マッカーサー「原子爆弾は、本当にやってはいけないものだった。」
天皇「ようやく、お分かりになりましたか」
マッカーサー「実験段階からわかってたんです。けど、あの戦争をどうしても止めたかった。だから、被爆されている様子を記録して、上層部に全て見せて、死ぬほど悲しませるような記録をとるしかなかったんです。戦争は、ああでもしなきゃ止められなかったんです。そこはどうか、どうか分かってほしい。お願いだ。お願いだ・・・」
天皇「・・・その言葉が聞けただけで、もういいです。」
マッカーサー「・・・ヒロヒト。あなたは本当に、いい人だ。だが、一つ引っ掛かりがある。」
天皇「何なのですか、その引っ掛かりとは。」
マッカーサー「あなたはなぜ、自分を『神』と偽るのかです。あなたほど素晴らしいエンペラーは他にいないのに。どうして。」
天皇「・・・じゃあ、ご説明いたします。私たちの文化には、日本最古の書物である、『古事記』という本を小学校の授業で取り上げる習慣があるのです。『古事記』には、私たち天皇家の事を神と書かれてあって、彼らが、最初のころの日本を築いたとされているのです。」
マッカーサー「最初の頃の日本を?」
天皇「そうです。科学的に見れば、あの『古事記』に書かれた事はどうも眉に唾をつけたくなるぐらいの事がたくさんありますが、それは、所詮は言い伝え。天皇家の神というのは、そうですね。あなた方で言うハロウィンのご先祖様のようなものというよりは、日本人にとっては、私をイエス・キリストのように思っているといったほうが、正確でしょうね。」
マッカーサー「・・・・・・。」
間。
天皇「どうされたのです、マッカーサー」
マッカーサー「天皇陛下。いま私は、すごく悩んでるのです。」
天皇「何に悩んでいるのです、マッカーサー」
マッカーサー「それは、あの牢獄の中にいる戦争犯罪者たちの処分についてです。」
天皇「わが国民のことか」
マッカーサー「そうです。軍人だけではない。この国を軍国主義一色に染めてしまった、武士道やプロパガンダ映画、そして歌舞伎芝居などに携わった文化人たち。正直申しますと、彼らは皆処刑にしなければならないほどの罪を抱えている人たちだと、私は思えてならないのです。」
天皇「それは・・・」
マッカーサー「あなたは、最初に言われましたね。『私の戦争責任について、すべてを、あなたに委ねるためにここにやってきた』と。私はてっきり、あなたは命乞いしに来たものと思い込んでいました。ですが、あなたは全国民のことを思って、全てを抱えて、そして全てをささげる覚悟でここに来られた。そのことに、私は大変驚きましたよ。」
天皇「そのことについてなのですがマッカーサー。私は、今すぐにでも彼らを救い出したいのです。死刑にするなら、どうか、どうかわたしを死刑にしてほしい。頼む。どうかわが国民たちの命だけは取らないでほしい。頼む。頼む・・・!」
マッカーサー「・・・あなたのその姿勢は立派です。さすがはエンペラーです。ですが、それはできません。」
天皇「どうして。あなたは、私が憎いのではないのですか?」
マッカーサー「問題は、そういうところにあるわけではないのです。」
天皇「どういう意味なのですか?」
マッカーサー「もしあなたを死刑にすれば、あなたのもとで働いてきた国民たちはどうすると思います?また戦争を起こして、我々を打ち滅ぼそうとするでしょう。天皇陛下。あなたがいなくなると、また戦争の火種になる事はわかっているでしょう。あなたは、国民に愛されているのですから。あなたを死刑にしたら、国民の怒りを買うことになります。チェスのように、ただ王様を殺せばいいという問題ではないんです。」
天皇「・・・じゃあどうすれば。どうすれば国民を救うことができるんだ。何をすれば国民を救う事ができるのですか?!教えてくれ、マッカーサー。お願いだ。お願いだ・・・・!」
マッカーサー「・・・・・・。」
バワーズ「総督。」
マッカーサー「(手を挙げ、首を振り、)・・・天皇陛下。いま、あなたの力が必要なのです。こういう事態だからこそ、私こそ、あなたのご判断に、委ねたいのです。」
天皇「どういう事です。」
マッカーサー「これから行う、東京で行われる裁判を、あなたが裁くのです。」
天皇「・・・どういう意味ですか。」
マッカーサー「実は、我が国の世論では、あなたを処刑にするべきだという意見が大多数を占めていました。しかし、私は戦争の再発を防ぐために、その世論の意見を捻じ曲げてまで、ここまでやっとたどり着いたのです。」
天皇「なにが言いたいのですか?」
マッカーサー「・・・正直に申します。この戦争の本当の犯人を、今ここで、告発してほしいのです。この戦争の本当の原因はどこにあるのかを、あなた自身が、見極めてもらいたいのです。」
天皇「なんですと?」
マッカーサー「酷な話かもしれません。ですが、私たちの考えだけでは、とてもこの国を明るい未来へと導くことができないでいるのです。天皇陛下。どうか、私たちの力になってくれませんか?」
天皇「・・・わが国民を、私が裁くというのですか。」
マッカーサー「裁判所に行く必要はありません。ここで、正直に話すだけでいいのです。」
天皇「ただでさえ被害を大きく受けているのに、それでもわが国民を裁くのですか?」
マッカーサー「・・・戦争を起こした民に罪がないとでもいうのですか?」
天皇「そういうことじゃない」
マッカーサー「じゃあどういうことなのですか?正直に話してください。こちらだって、あんなにたくさんの民を牢獄へ入れたくはなかった。いったいあの戦争の原因は何にあったのかを誰も知らないがために、ああいう行動をとるしかなかったんですよ。天皇陛下、お願いです。なんなら、私が片っ端から、あなたが先にあげた陸軍あたりからすぐここに連れ出してもいいんですよ。」
天皇「待ってくれ。彼らは悪くない」
マッカーサー「なぜ。彼らは陛下を苦しめたとおっしゃってたじゃないですか。あなたはこうもおっしゃっていた。戦争を進めたのは陸軍だと」
天皇「それは確かにそうだ。しかし彼らは悪くない」
マッカーサー「なぜそう言い切れるのですか!」
天皇「それは・・・」
バワーズ「もうやめましょう、総督」
マッカーサー「お前は黙ってろ、バワーズ」
バワーズ「陛下には陛下なりの考えがあるのです。」
マッカーサー「今聞いているのはお前の意見ではない。いまは陛下に聞いているのだ」
バワーズ「それがあまりに酷だと言ってるんですよ」
マッカーサー「それはわかっている。」
バワーズ「わかっていません」
マッカーサー「わかってる!」
バワーズ「いいえ、わかっていません!彼らには、アメリカにおけるチェスと同じものを愛用しているのを、あなたはご存じなのですか?」
マッカーサー「今はそんなの関係ないだろ」
バワーズ「関係あります」
マッカーサー「じゃあどう関係するんだ」
バワーズ「あなたは、日頃からまるでチェスの対局のように物事を考えすぎているのですよ。」
マッカーサー「なんだと?」
バワーズ「すべての戦争の原因を追究するあまり、誰を殺すべきかしか考えられなくなったんだ」
マッカーサー「たわけたことを言うな!」
バワーズ「たわけたことではありません!」
マッカーサー「それじゃあなんだ、日本にはチェス以上のボードゲームがあるとでもいうのか?」
バワーズ「はい、あります!」
マッカーサー「だったら今すぐそれを出せ!それは何なんだ!」
バワーズ、チェスの盤と駒隅にどけて、自分のカバンの中から将棋盤と駒をテーブ
ルの上に並べる。
バワーズ「・・・・・・『将棋』という名前の戦争ボードゲームを御存知ですか?」
マッカーサー「(首を振る)」
バワーズ「そうですか。その『将棋』というゲームは、我が国のチェスとよく似たゲームなんです。ですがこれは、そもそも石の取り合いから生まれたゲームだと言われます。そしてそのボードゲームは、一見我々のチェスと同じようなゲームなのですが、これは人を殺すゲームではありません。天皇陛下の頭の中には、いつもその将棋の盤と駒を入れられているんです。つまり、誰も殺しはしないし、見殺しにもしない考えをお持ちなんです。それに引き替え、我らの文化はどうでしょう。日ごろから『チェス』という名の人殺しゲームを当たり前としているではないですか。しかも、いざという時には女王を犠牲にしてまで、戦っているではありませんか。総督。私たちは日頃から自分の基準でしか考えていないから、何にも見えないのです。今こそ学ぶべきものは、日本の文化なんです。これが、将棋です。我らチェスの世界ではでは想像もできない、素敵な世界が広がっているんですよ。例えば、チェスでは一度取られた駒は使用することは出来ませんよね?ところが日本の将棋は違います。将棋では、一度取った敵の駒を自分の味方にするんです。敵だった駒が味方に付くんですよ?ずいぶん意外な発想ですよね?それは、我々の感覚では一見捕虜の虐待のようにも思えてしまうのですが、決してそうではありません。ある人の話によると、将棋の世界では一度たりとも殺しはしていないのだそうです。皆裏切ったり裏切られたりしてはいるものの、みんな生きているんです。それは、一時期は味方だった戦国の大名が敵に寝返るのと同じように、一人の能力を強く尊重して、そのままの官位でもって次に生かすんです。」
マッカーサー「・・・ちょっと、やってみてもいいか?」
バワーズ「もちろんですとも。」
マッカーサー「では、相手は・・・」
天皇「私がしましょう。」
マッカーサー、天皇と将棋の対局を行う。
マッカーサー「駒の動かし方を教えてくれ。」
バワーズ「はい。それは、こう動かします。」
マッカーサー「なるほど。」
しばらく交互に駒を動かす、マッカーサーと天皇。
天皇「あれ。こうやられちゃ、」
マッカーサー「ああ、そうか!」
バワーズ「大丈夫です。ポーンの一つや二つ取られても、また取り返せばいいだけなんです。チェスとは違って、将棋は、まるで血液の流れのような、循環のゲームなんです。それは、我々が日本の戦争犯罪者を生かして、次の社会づくりのために活用するのと同じなんです。」
マッカーサー「それじゃあ・・・」
バワーズ「そうです、総督。日頃から将棋に慣れ親しんでいる天皇陛下には、どうしても、誰かを処刑にするだとか、殺すだとかいう発想にはなれないんですよ。」
マッカーサー「・・・バワーズ。このボードゲームを、どこから知ったんだ。」
バワーズ「実は、私はとある歌舞伎役者からこのゲームのことを学びました。」
マッカーサー「そうだったのか。しかし、歌舞伎と言ったら、日本人を軍国主義へ誘導した封建芸術だぞ。」
バワーズ「それは違います、総督。日本の歌舞伎というのは、素晴らしいお芝居なんです。いま総督が統制を行っている歌舞伎芝居は、本当は軍国主義のプロパガンダなんかじゃなくて、イギリスで言えば、シェイクスピア劇に当たるものです。よく考えてみてください。私たちは日本の封建制度を扱った歌舞伎を否定的に見ていますが、シェイクスピアの劇だって王政を扱っているじゃないですか。ナチスが崇拝した神話を扱った演劇だって、アメリカではいつも上演されているじゃありませんか。それなのに、なぜ日本の歌舞伎だけ、こんなにも差別を受けなければならないのですか?総督、いくら私たちが刀や武士に苦労したからと言って、それを押し付けるものではありません。刀や武士が出てくる歌舞伎までも否定されたら、彼ら日本人には、いったい何をよりどころとするべきなのでしょうか。」
マッカーサー「・・・。」
バワーズ「はっきりと申します、総督。日本の伝統文化は、残すべきです。見た目も、心も美しく、我らの文化と相通じるものがあるから、是非とも残すべきです。」
マッカーサー「バワーズ。」
バワーズ「総督。あなたはこの日本が美しいとは思いませんか?今まで私たちが上から見てきたこの日本とあの日本人が、美しいとは感じませんでしたか?」
マッカーサー「・・・。」
バワーズ「総督。文化を残しましょう。日本の文化を、後世のために残していきましょうよ。」
マッカーサー「・・・ああ。そうだな。それじゃあ、いま牢獄にいる歌舞伎役者や映画人などをはじめとした、そういう文化人の処置についてはまた考えるとしよう。バワーズ、すまないが、私たち二人だけにさせてほしい。外にいてくれないか。」
バワーズ「かしこまりました。」
バワーズ、退場。
間。
マッカーサー「天皇陛下。今更こんなことを言うのもあれですが。その・・・本当に、本当にいろいろと、失礼しました。すまないことをしてしまった・・・!申し訳ない!」
マッカーサー、天皇に手を差し出す。
そんなマッカーサーをじっと見つめている天皇、ゆっくりと彼の手を握る。
天皇「・・・あなたは、本当に素敵な軍師だ。部下の意見を取り入れて、柔軟に対応するあなたの発想は、私たちの模範だ。」
マッカーサー、ふと顔をあげて天皇を見る。
天皇「マッカーサー。これからもこの日本のことを、よろしくお願いしますよ。期待してます。」
マッカーサー「・・・はい!このマッカーサー、責任を持って、これからも務めさせていただきます。エンペラー!」
マッカーサー、コップに水を入れて天皇に差し出す。
天皇「(コップの方をじっと見つめている)」
マッカーサー「一緒に飲みましょう。この日本の山から流れた美しい水を、一緒に飲みましょう。HIROHITO.(ヒロヒト)」
天皇「・・・Yes,sir.(はい、総督。)」
マッカーサー、天皇、グラスを持って、それを天に掲げる。
マッカーサー「天にあられし我らが神よ、あなた様はこの拙き我らに一杯の美しき水を下さいました。この水をありがたく頂戴いたします。そして、二度とこんな戦争を、二度とこんなくだらない悲劇を起こさないとここに誓います。主よ、願わくば多くの戦死者の霊魂が安らかに静まらんことを。アーメン。」
天皇「アー、メン。」
マッカーサー、驚いて天皇のほうを向く。
間。
グラスの音。
素敵な音楽が流れる。
天皇「・・・ご覧ください、マッカーサー。我が国の女たちが井戸端会議をしてますぞ」
マッカーサー「ほう。会議にしては、随分とほがらかな会議なんですね。」
天皇「日本においては、こういう光景の場合でも「会議」と言うのですよ。」
マッカーサー「なるほど。」
マッカーサー、水をグイッと飲む。
天皇も、水をグイッと飲む。
楽しそうに笑い合う、マッカーサーと天皇。
マッカーサー「エンペラー。」
天皇「何ですか?」
マッカーサー「もう、自分を演じるのはよしませんか。」
天皇「演じる?何をですか?」
マッカーサー「自分を神にする事をです。」
天皇「ああ・・・。」
マッカーサー「あなたは確かに言っていた。『正直辛かった』と。」
天皇「それは確かに。」
マッカーサー「だったら、自分を『神』と呼ぶのはやめにしませんか」
天皇「・・・それはできない」
マッカーサー「それはなぜです。」
天皇「・・・・彼ら日本国民に、本当に、申し訳がないからだ。」
マッカーサー「エンペラー。」
天皇「私がいなくなると、彼らはどうやって生きていけばいいのか。私が『天皇』という名の王座から降りることで、またクーデターが起きるのかもしれない。あなたもそれを気にしていたはず。だからこそ、それを想うと、それを想うと・・・」
マッカーサー「・・・じゃあ、象徴制度にしたらどうでしょうか。」
天皇「象徴制度?」
マッカーサー「そうです。これからは、あなたは政治をしなくてもいいし、軍事にかかわる必要もない。ただ、平和の象徴として、ここにいるだけでいいのです。そうする事によって、あなたはいつも国民の支えとなり、日本人の心の拠り所となり続けるのです。どうですか、陛下」
天皇「なるほど。それはGood idea(名案)。さすが、頭がいい。本当に柔軟だ。」
マッカーサー「私たちの国・アメリカでは、王座も天皇もない国ですから。」
天皇「なるほど。」
マッカーサー「さあ、天皇陛下。この『将棋』という名のチェスの続きを・・・いや、『将棋』という名のエキシビションゲームをしましょう。そして、これからの社会について、存分に語り合いましょう。」
天皇「ええ。そうしましょう!」
舞台の奥のほうから、ひそかに声が聞こえてくる。
「ありがとう。・・・・ありがとう!」
耳を澄ますマッカーサー。
マッカーサー「何か、声が聞こえませんでしたか?」
天皇「・・・いいえ。気のせいでしょう。」
将棋の対局を行う、マッカーサーと天皇。
終わり
主要参考文献
『『昭和天皇実録』講義』古川隆久、森暢平、茶谷誠一・編 吉川弘文館 二〇一五年
『卜部日記・富田メモで読む 人間・昭和天皇』半藤一利、御厨貴、原武史
朝日新聞社 二〇〇八年
『昭和天皇独白録 寺崎英成・御用掛日記』
寺崎英成、マリコ・テラサキ・ミラー 編著 文春文庫 一九九一年
『マッカーサー回想記』(上)(下) 津島一夫・訳 朝日新聞社 一九六四年
『歌舞伎を救った男―マッカーサーの副官フォービアン・バワーズ』岡本嗣郎・著 集英社 一九九八年
『昭和天皇発言記録集成』(下) 中尾裕次・編集 芙蓉書房 二〇〇三年
『升田幸三 名人に香車を引いた男』升田幸三・著 日本図書センター 一九九七年
『盂蘭盆経』藤井正雄 講談社 二〇〇二年
『ヨーロッパの祝祭と年中行事』マドレーヌ・P・コスマン著 原書房 二〇一五年
『イギリス祭事カレンダー 歴史の今を歩く』宮北惠子・平林美都子 著 彩流社
二〇〇六年
『図説マッカーサー』太平洋戦争研究会・編 神井林次郎・福島鑄郎・著 河出書房新社 二〇〇三年
『偽りの民主主義 GHQ・映画・歌舞伎の戦後秘史』浜野保樹 角川書店 二〇〇八年
『織田信長』池上裕子・著 吉川弘文館 二〇一二年
『昭和天皇』保坂正康 中央公論新社 二〇〇五年