おじいちゃんのお見舞い
登場人物
谷原浩 ...... 大学4年生。23歳。
裸舞台の上に、イスとテーブルが置かれている。
谷原浩、いちごを詰めた箱を持って登場。
浩「やあ、おじいちゃん。案外元気そうだね。えっ? そりゃそうだ? あははは、そうか。......まあたしかに、いまウチの畑は、おじいちゃんがいないおかげで大変ではあるけど。でもおじいちゃん、今はそんなこと気にしなくていいよ。だって、お父さんもおばちゃんもいるし、パートさんもいるんだから。おじいちゃんは、自分のことに集中してよ。おじいちゃんはいつも、仕事のことで頭がいっぱいなんだから。......いや、悪くはないよ。僕はおじいちゃんの仕事を見るの、好きだったし。......ちょっと、『気持ち悪い』なんて言わないでよ。僕だって、恥をしのんで言ってんだから。そうだよ。僕が人見知りの恥ずかしがり屋なのは、おじいちゃんもよく知ってるでしょ? 『へえ、そうかん!』じゃないよ。そうなの! もう~。えっ? ......いや、迷惑じゃないよ。そりゃ、最初おじいちゃんが倒れた時は、もうめちゃくちゃびっくりしたよ。でも、だからといって、それで迷惑をこうむってるワケじゃないから。大丈夫だって。......(間)......ねぇおじいちゃん。おじいちゃんに、一つ話したいことがあるんだけど。あのさ、僕の将来のことなんだけどさ。やっぱり、やめるよ。僕、ウチの畑のあとを継ぐの、やめる。いや、いつか言おうとは思ってたんだよ。でも、いつに言おうか迷ってて。それで結局、今日になっちゃった。そもそも無理だったんだよ。普通科高校の出身じゃ、あんなデカい畑を経営できないんだって。......おじいちゃん。4年間、一生懸命畑のことを教えてくれたのに、ほんとごめんね。悪気があったわけじゃないんだ。『そりゃそうだろ』? フフッ、そうだね。そりゃ、悪気がないのは当たり前だよね。えっ? でも将来はどうするんだって? それは......実はさ、おじいちゃん。僕、そのことでずっと思ってたんだけど。笑わないで聞いてよ? 僕......作家になりたいんだ。サッカーじゃない! なんだよ、『サッカーになりたい』って。『僕、サッカーになりたい』......『僕、サッカーになりたい』......サッカーボールになりたいんじゃないんだよ! 作家だよ、作家! 物書きの作家! 『ええっ!?』って、そんなびっくりしなくてもいいじゃないか。僕は真剣なんだよ。なんで笑うの? おじいちゃん! 作品はできてるか? そりゃあまだできてないよ。これから書くんだよ、これから。なんで笑うの? バカにしてるぅ? そりゃ、僕はまだ実績のない、新人のアマ作家だよ。でも、まだ23歳なんだから。これからだよ、これから。えっ、『アマ』って何かって? アマっていうのは......海女さんのことじゃないよ? 違うよ! 海に潜ってどうすんだよ! 海でワカメをとりながら小説なんてかけるかい! アマっていうのは『アマチュア』のこと。英語で『素人』っていう意味なの。もう、そんな渋い顔しないでよ、おじいちゃん! おじいちゃんが英語キライなのは重々知ってはいるよ。でも、今の時代はグローバル社会なんだから、仕方ないじゃないか。『グローバル』って何かって? もう! またカタカナ言葉に反応して! とにかく! 要は、僕は本気で、作家として食っていきたいってこと! もう決めたんだよ。僕は、執筆を仕事にする」
少しの間。
浩「......『うそつけ』じゃないよ。こんな時にウソついてどうするんだよ。エイプリルフールじゃないんだよ! 今日は12月でしょう!? しっかりしてよ~。えっ? ちゃんと食えるかどうか? それは大丈夫だよ。あのね、最近ではね、ネットで掲載されるウェブ記事のライティングの仕事が増えてるワケ。もう、そんな渋い顔しないで、おじいちゃん。つまり、スマホやパソコンで見れる記事の執筆の仕事が、たくさんあるってことだよ。『誰が』って、僕がやるんだよ、その仕事を。『どうやって』って、そのネットで仕事がもらえるんだよ。詐欺じゃないよ? 世の中にはね、クラウドソーシングサイトっていうのがあってさ。......ホラまた渋い顔する。だから説明したくなかったんだよ~。えっ? ......そう。要するに、僕は執筆で、ちゃんと仕事がもらえているんだよ。そう。ホント。......そうなんだよ。もう、時代は変わったんだよ、おじいちゃん。いまの時代は、言い換えれば『ネット社会』になってるんだよ。わかってる、わかってるから。『ネット社会』っていうのは、つまり情報社会ってこと。それならわかる? うん。......え? なんで急に、僕の将来の話をしだしたかって? いやぁ、それは......(間)......ねぇ、おじいちゃん。ちょっと、唐突な話をしてもいい? もしもおじいちゃん、今日が人生最後の日だったら、どうする? いや、もしもだよ、もしも! で、どう? ......ふうん。畑仕事をしたい、か。おじいちゃんらしいや。さすが、いちご農家って感じ。いやさ、僕が言いたいのは、こうしておじいちゃんと会って、話できるのが最期だった時のために、後悔したくなかったってこと。いや、そりゃ不謹慎だけどさ。でも......僕がそう思ったのはホント。おじいちゃんに、安心してほしくてさ。いろんな意味で。(いちごの箱を見て)ほら、今なんかお父さんは、見てのとおり、おじいちゃんのより立派ないちごが作れるようになってるんだ。いや正確には、おじいちゃんのおかげで、なんだけどね。孫が言うのもアレだけどさ。いちごってさ、最初から最後まで、ほんと気が抜けないでしょ? ちゃんと勉強してる人でも難しい果物なのに。それを、安全でおいしいのをつくっちゃうんだから。おじいちゃん。おじいちゃんが畑へ行きたい気持ちは、よくわかるよ。でも、今は自分を、もっと大事にしてほしいんだ。おじいちゃんには、もっと生きていてほしい。またこうして、話がしたいんだ。......え? なんか、いつもと随分違うって? そんなことないよ。えっ? ......やっぱり、バレちゃったか。僕って、顔に出るんだね。相変わらず。......いや、その質問には、答えられないよ。おじいちゃんの寿命があとどれぐらいなのかは、僕からは言えない。おじいちゃんがここで入院している間に、僕ら家族に、そういう話を先生はしてくれた。知ってはいるんだ。でも、話したくはない。だって、だって......ねぇ、おじいちゃん。そんなことよりさ、もっと明るい話をしようよ。もっとさ、希望が持てる話をしようよ。......そんな、『もう覚悟はできてる』なんて言わないでよ! こっちはまだできてないんだからさ。おじいちゃんが帰ってくるのを、みんな待ってるんだよ! ......いや、こっちこっそ、ごめん。ただ、おじいちゃんに、元気になってもらいたくて。......それよりさ、一緒に食べよ。......あれ、ここ、洗面台ってないの? ああ、そう。それじゃあ、ちょっと探してくるね」
浩、いちごの箱を持って立ち上がるが、しばらく前のほうを見つめている。
間。
浩「......ううん、なんでもない。それじゃあ、ちょっと待っててね。すぐ戻ってくるから。......うん。またね」
浩、歌をうたいながら退場。
浩「♪ 帰り道ふざけて歩いた 訳もなくキミを怒らせた いろんなキミの顔が見たかったんだ 大きな瞳が 泣きそうな声が 今も僕の胸を締め付ける すれ違う人の中で キミを追いかけた~ 変わらないもの探していた あの日のキミを忘れはしない 時を超えてく想いがある 僕は今すぐ キミに会いたい~♪(※)......あー。いい曲だ! いい曲だぁ!」
おわり
※奥華子の楽曲『変わらないもの』より引用